俺様編集者に翻弄されています!
「ひ、氷室さん!?」


 見るとそこには両膝に手をついて、屈みながら乱れた息を整えている氷室の姿があった。


「お、お前……この俺を、全力失踪させるなんて……いい度胸してんな」


「え……?」

(もしかして、氷室さん……私を追いかけて来てくれたの……?)


 途中走ったりして、距離はあったと思っていたが、あっさりと悠里は捕まってしまった。



「どうして……?」


「どうしてじゃないだろ、この馬鹿!」

 顔を上げる氷室の目と合い、悠里は反射的に逸らそうとしたが、それを氷室は許さなかった。


「ば、馬鹿って―――」


「あの女に何言われた?」


「……別に、何も―――」


「つべこべ言わずに言ってみろ」


 いつになく厳しい口調の氷室に戸惑いながら先程のことを思い返した。


「その、室井慶次の息子が氷室さんだって―――」


「はっ、誤魔化すなよ、お前が泣いた理由はそれじゃないだろうが」


(何もかもお見通しだ……隠し事なんてきっとできない……)


 薄暗い路地まではネオンの光は届かず、二人を喧騒から隠すように暗闇が包み込んでいた。



「あの……」


「その手に握りしめてるやつ見せろ」


「あ……」


 無意識にアンケート用紙を握り締めたまま、出版社を飛び出していたのだとその時気づいた。



「な、なんでもないんです……これは、あっ―――」
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