俺様編集者に翻弄されています!
 ―――午後八時。


 結局、本のデザインもたいして考えつかないまま氷室との約束の時間が迫っていた。

(とりあえず、今考えてあるだけのものを渡そう……)

 そう思うと、「忘我の愛」の序盤プロットを「仕事を舐めるな」と言われて、びりびりに破かれたことを思い出してしまった。


 適当に仕事をしているつもりはないが、氷室はよく見ている。誤魔化しなど効かない。

 あの頃に比べたら、自分は成長しただろうかと、心の中で自問しながら悠里は連載最後の原稿をバッグの中に入れようとして、ふと手を止めた。



(この原稿がもしかしたら、私と氷室さんの最後の原稿になっちゃうかもしれないなんて……考えたくない)


 先日の北村とエミリーの会話を思い出すと、自然と顔が曇っていくのがわかる。

 氷室が自分の元から離れてしまうことなどありえないと、そう言い聞かせる。そして、悠里は首を振ってアパートの下でぼんやり氷室を待つことにした。


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