俺様編集者に翻弄されています!
「あ、あれ……」


 うまく笑顔を作ったつもりだったが、気がつくと冷たい雫が頬を伝っていた。


「す、すみません」


 慌てて涙を拭うと、ナオママはまるで子供を宥めるように悠里の背中をさすった。


「仕方のない子ねぇ……美岬のこと、好きなのね?」


「は、はい……でも、この前……気持ちを打ち明けたんですけど、何も言ってくれませんでした……それが、氷室さんの答えなんだと思います」


「まだ言葉をもらってないうちから結論を出すのは早計ってもんよ。彼も何か思い悩んでることがあるんじゃないかしら、美岬ってね、昔からそうなんだけど……いつも一人で悩みを抱え込んで頭でっかちになるの、幼馴染の私にですら何も話してくれないんだから寂しいもんよね……でも、作家と編集者の前に、あなたたちは男と女なんだから“そういうこと”が起きてもおかしくないんじゃない?」


 ナオママは悠里に温かい蒸したおしぼりを手渡すと、にっこり笑った。


「あなたほんと可愛い人ね……ふふ、そうだ、美岬のことで思い悩んでる人に別に嫌味じゃないんだけど、よかったら美岬が好きなカクテル飲んでみる? 残念ながらケーキはないんだけれど」


「は、はい、いただきます」


 おしぼりで涙の跡を拭いながら言うと、ナオママが手際よくカクテルを作り、グラスに注いだ。


 薄い透明ピンクの液体の中で、炭酸の細かい気泡がゆらゆらと揺れている。

 ひとくち飲むとフルーティな香りが鼻から抜けて舌に甘酸っぱさが広がった。


(氷室さんの味……)
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