俺様編集者に翻弄されています!
 その頃――。


 本屋で小説を購入したその直後、氷室の携帯がけたたましく鳴った。

 氷室はそそくさと店から出ると着信の名前を見て一瞬ためらったが、仕方なく通話ボタンを押した。


「なんだ」


『ああ、美岬か』


 その声は、つい先程まで一緒に食事をしていた元上司、ロディだった。


 ロディは日系アメリカ人で、氷室がニューヨークで仕事をしていた時に、編集者としての心得のようなものを氷室に手とり足とり教えこんだいわば恩師のような存在だった。


 氷室はニューヨークに到着してからなんとなくロディに連絡を取ってみた。そのまま連絡を取らずにいようとも考えたが、一応は元上司で恩もある。

 しかし、その時ロディは生憎日本に出張していた。


 すぐに会うことはできなかったがようやく連絡が取れた時、再びM&Jに戻ってくれるのかとロディが期待しているのがありありとわかって氷室はうんざりしてしまった。


 M&Jを去り、日本へ帰国してからというものロディは何度もニューヨークに戻って来い、とアプローチをかけていた。


 だが、もうその頃には氷室は悠里の生み出す作品の虜になってしまっていたのだった。
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