俺様編集者に翻弄されています!
(わざわざ私の映画に、自分でチケット代を払うなんて最初はよくわからなかったけど、氷室さんの言いたいことって―――)


 自分の作品に対価を支払う客の立場になる、読み手の気持ちになるということ、そして最後に流れる名前を見て、これが自分の作品なんだと実感すること―――。

 ようやく氷室の意図が理解できたと同時に、悠里は作家になってからというもの、そんな大切なことすら見失っていたということに気がついた。


 その時――――。



「映画、面白かったねー!」

「原作者のユーリって、小説家だろ? 他にどんな話書いてるのか気になってきた」

「うん、私もー!」

 後ろの席に座っていたカップルが映画の感想をそれぞれ語り合っているのが聞こえた。


「あいつらは多分、お前の映画に満足してると思うぞ? ここに作者がいるって知ったらどう思うだろうな」

 氷室が顔を覗きこみながらニヤリと笑うと、悠里は気恥ずかしくなって俯いた。

「まぁ、万人受けするものなんかありえない、かと言って自分よがりのものじゃだめだし、逆に受け手の要望ばかり書いてちゃ自分の個性が生かせない……そう考えたら難しいな」

 氷室は落ち着いた声でそう言うと、ポンポンと悠里の頭を叩いた。


(私、作家としてもっと自覚を持たなきゃ……)

 そう思いを新たにした時、気がつくと館内には自分と氷室だけになっていた。氷室はいつの間にか席を立って歩き出している。



「おい、いつまでそこに座ってんだ? 行くぞ」


「ま、待ってください……!」


 さっさと前を歩いて行ってしまうその背中を追いかけながら、悠里はこれから二人三脚で作品を作っていく期待に胸が膨らんだ―――。



 
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