サラリーマン太郎の勇者日記
「待て、タロー」

 ヘルギくんが馬の手綱を引くと、テオドリクスの城を振り返って、いやな予感がするといった。
「戻るぞ」
 古代人てのは、勘がいいのかね。
 私も乗りなれない馬の鞍につかまりながら、野原を疾走する。
「オッサン! そんな乗り方じゃ振り落とされるぞ!」
 ヘルギくんはさもおかしそうに笑った。
 くっそー、見世物じゃないやいっ! 


「オッサン、そんな乗り方じゃ振り落とされるぞ」
 英雄王子のヘルギくんが、意地悪そうにケタケタと笑う。
「私は馬なんて乗ったことないんだから仕方ないだろう」
 馬の首根っこにつかまるだけで、精一杯なんだよね。
 ああっ、もう!
「しょうがねえなぁ」
 ヘルギくんは馬を下りて、私を自分の馬に乗せて鞭をうった。
「あれ、あの馬は?」
「アイツはおいていく。ひとりで二頭を乗りこなせって? はっ、ばかいっちゃいけねえよ。ローマの馬車でもありゃ、少しはらくだがね。けどあいにく、俺はローマ軍が嫌いでね」
 ヘルギくんは長いこと毒舌を吐いてばかりいた。
 舌噛まなきゃいいが。
 といっている矢先、彼は悲鳴を上げていた。
 ・・・・・・やっぱり・・・・・・。


「悲しいなぁ、王よ。だが一瞬だ、一瞬で楽になれるぞ。これでさらばだ」
 テオドリクス王は片膝をついた格好で、緋色の破けた外套を羽織り、黄金の美しい装飾をつけた剣を杖代わりに、身体を支えていた。
 ヘルギくんが思いっきり壁を馬の前足で蹴破らなければ、王は命を失っていたはずだった。
 突如として現れた私とヘルギくんを見ながら、ランゴバルドという宰相は、目を丸くした。
「おお、タロー! 無事であったか」
「王様、あなたのほうが危険極まりないでしょ!?」
「そうであった、そうであった」
 まったく、のんきというか何というか。
「陛下、陛下。あなたはあのクロノに、魂を取り込まれかけたんですよ。もう少しあせってくださらないと」
「王と言うのはな、タロー」
 剣で身体を支えて立ち上がる王。私を振り返りながら、言葉を続けた。
「王と言うのは、自分を犠牲にしても、守らなくてはならないときがあるんだ。それは国であり、民であり、家臣だ。私は国を守るためなら、命を張ってもかまわないよ。たとえ、一千ディナールだろうが、五千万リラだろうが、一億フランだろうが、千マルクだろうが――」
 はいはいはいっ! わかりましたから!
 ヘルギくんは輝きを取り戻したグラムの柄を強く握り締めた。
 彼の額から、ひとすじの汗が流れ落ちる。
 ああ、そうか。ヘルギくんも一国の主となる身だったな。
 きっと、テオドリクスさんの言葉に反応したんだ。
 いつか自分も、王になるのだから。
「一番の諸悪の根源が、こんな脂ぎった爺じゃ、斬っても斬り損じゃねえか」
「いうたな!」
 ランゴバルドは呪文を唱えて炎を起こした。
「炎の精霊、ザラマンドラ召喚!」
 うげ、ファウストの世界かよ!?
 ゲーテの小説で読んだぞ、確か主人公のファウスト博士が、老いに悲観して、メフィスト呼んで、魔法使って若返るんだっけ・・・・・・。
 その魔法というのがあやしいのなんの。
 コイツもそうなのだろうか?
「ぶわっはっは。愚かものどもめっ。ザラマンドラの炎は、地獄の業火! さあさあ、苦しみもがくがよい!」
 いやじゃ〜っ、いやすぎるぞ〜! ラリ子〜! たすけてぇぇぇ! 
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