サラリーマン太郎の勇者日記
 「雑魚だな」
 ヘルギくんが鼻で笑う。
 え!? この状況で雑魚なの!? 
「悲しいのはどっちだろうな。ランゴバルド」
 ヘルギくんはグラムに念をこめると、床に突き刺した。
 あっというまに氷の柱ができあがって、部屋は一面スケート場よろしく、真っ白になった。
「貴様、まさか、精霊魔法が!?」
 ランゴバルドがひるんだ。
 おお、そんなに壮絶な魔法だったのか。
「あたりめーよ。俺は精霊魔法の継承者、グスタフ・ユングリングの息子だぜ? なめてもらっちゃあ、困るね」
 ユングリングって、はてどこかで聞いたな。
「タロー、忘れたのか。以前俺が教えたあれだ」
 兄の声が聞こえたので振り返った。
「おにいちゃん?」
 兄は淡々と説明を始める。
「ユングリング・サガ。それは、みのりある大地の王、フレイルが治めし豊かな国の物語――」
 おお、思い出したぞ。
 確か北欧神話だった気がする。
「そうさ。俺はフレイやチュールという神が好きでね。彼らは誰に対しても分け隔てない愛情を与えてくれたんだ」
 キリストの神とは偉い違いだね・・・・・・。
 もっとも、キリストの神は貴族だけの宗教にされてから、方向性変わったようだけど。
「小ざかしい、小ざかしいぞ、ヘルギ! 貴様の一族を根絶やしにするまで、わしはもがき続けてやる!」
「粘着質」
 ヘルギくんがもう一撃、魔法を食らわそうとすると、ランゴバルドは今度、水妖を召喚した。
「ウンディーネだ! これで氷攻撃など怖くない」
「あっ、ぐぬぬ」
 兄は、腕からブレスレットをはずし、ヘルギくんに投げた。
「なんだこれ」
「ドラウプニルだよ・・・・・・ただし使うたび、宝石が落ち、魔力を消耗するが」
 ヘルギくんは腕輪をつけると、あれ? 顔つき違わないか?
 いや、私にはそう見えたんだけど。
 なんだか、精悍なというか・・・・・・逞しい顔つきに変化した。
 テオドリクス王はぼろぼろに傷ついており、意識が朦朧としていたので、私は心配になった。
「陛下、しっかりしてくださいよ〜」
「タロー、そんな顔するな、余のことよりもヘルギ王子を助けるんだ」
「で、でも〜」
 ・・・・・・正直、われながら、きもいと思ってしまった・・・・・・。



 お兄ちゃんがヘルギくんにわたしたドラウプニルという腕輪は、どうやら知識を高める腕輪だったらしい。
 賢さが増し、ランゴバルドの行動をすばやく察知しながら、ヘルギくんは剣を振るう。
 かっこいい!
 さすが、英雄〜。
「感心しておる場合か」
 王様からしかられちゃった私は、お兄ちゃんにヘルギくんの援護を任せ、部屋の隅に王様を引きずり移動させた。
「あんたたち、何やってるの」
 入り口から顔を出すロゼッタちゃん。
「危ないから引っ込んでなさいっ」
 私の言うことを聞かず、ロゼッタちゃんはずかずかやってきて、ランゴバルドの背後に近づいていった。
 気づいてないし!
 ロゼッタちゃんはフライパンで彼の後頭部をがしがしと殴りつけ、ついでとばかり全身を両脚でげしげし蹴り飛ばした。
あんなのが私の娘でなくて、よかったよ!
 それにしてもフライパンはいったい・・・・・・あ、そうか。
 私の枕元に、ウインナーと一緒に目玉焼きが焼いてあったっけ。
 なぜフライパンがくっついてきたか疑問だなぁ。
 まあいいか。 
 ランゴバルドやっつけたんだし。
 ・・・・・・て、そういう問題か?
 それにまだ片付いたわけではない。
 ――クロノが待っているじゃないか。
 宙を浮かび、あいもかわらず、不気味な笑みを浮かべて私たちを見下ろしていた。
「クロノ。俺は今まで、悪魔も天使も、神さえも、信じることはなかった。もし見られるならば、この目で見たいと思っていたが、こんな現実なら俺はごめんだね。お兄ちゃんを困らせ、あげくにテオドリクス王やヘルギくんの命まで狙うとは・・・・・・命を奪った後、そして、何をするつもりだ?」
 私は素朴な疑問を投げかけてみた。
「理想郷を作ること。神の国、ヴァルハラや天国とか言うものに負けないような、な」
 このとき初めて、クロノが口を利いたのだ。
 気味の悪い、くぐもった声だった。
「だが、ヘルギやテオドリクス、それにオドワケルやお前の兄貴の命など、どうでもよい」
「なに?」
「じゃあ何が欲しいんだ」
 私とヘルギくんが同時に尋ねていた。
「クックック・・・・・・欲しいのは、タロー、貴様の命だ」
 クロノは、真っ黒な氷のような、いや、黒曜石だった、先端のとがったそれを、私の心臓に向けて放った!
「タロー!」
 ヘルギくんと、お兄ちゃんが叫ぶ声が聞こえたが、私は死をいざなう黒い刃先を防ごうと、構えるだけで精一杯だった。


  こ、こんな死にかたいやだぁぁぁ! 


 私は騎士じゃなぁぁぁい、ただのサラリーマンなんだよぉぉ〜!

 月給とりなんだよぉぉ! うわあああん〜。 

  
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