ナツメ
それから、病室を出て、わたしと春樹さんは並んで、少し散歩をしました。
病院の周りを、ぐるり、としばらく無言で回り、葉桜を眺めながら小さなベンチに座って……
まだ少し冷たい風に、小さく身震いしたわたしのために、春樹さんは走って売店まで行き、熱い缶コーヒーを用意してくれました。
そうして、
「戸川さん」と、
今度こそ、彼は遠慮がちな声で、わたしにそう呼び掛けました。
「お兄さん。昔のように、れんちゃん、で、いいんですよ」
何だかまた可笑しくなって、わたしがそう言って笑うと、春樹さんもほんの少し、顔を綻ばせました。
「そうだね、じゃあ……れんちゃん」
『れんちゃん』……
けれども、ナツメ。
お兄さんにそう呼ばれてしまうと、途端に津波のような懐かしさがわたしの胸に現れてきて。
自分でそう呼ぶようにお願いしたにも関わらず、突然、泣いてしまいそうな気分になってしまったのです。
そんな不安定なわたしの表情を、春樹さんは見逃してはくれず。
慌てて頭を振り、ああ、ごめん、そんなつもりではなかったのだ、と。
丁寧に謝ってくれました。