ナツメ
5月3日、金曜日
ナツメ。
世間は騒がしいようです。
病院の中も、いつもとは違う、浮き立った空気に包まれています。
ゴールデンウィーク。
まるでわたしとは縁遠い、世の中の風潮です。
ナツメ。
新緑の風を受けながら、病院の中庭を、一人、歩いていました。
すると、どこからか、微かにピアノの音が流れてきたのです。
たどたどしい、途切れとぎれの音でした。
わたしは、耳を澄ませ、目を閉じ、神経を集中させました。
どうも、小児科の病棟から聞こえてくるようです。
ナツメ。
何だか、とても、懐かしい気持ちがしました。
息苦しい日々からの、希望的、解放。
雪菜さんのピアノを、おもむろに弾いていた幼い自分のことを思いました。
広い、広い部屋にあった。
大きな、大きなピアノ。
あの部屋で、辛うじて奏でられていたいたわたしの音は、おそらく、とても、悲しい響きを持っていたのでしょう。
まるで、この。
寂しい子供が弾く、ピアノのように。