月宮天子―がっくうてんし―
***


「帰って来るなら帰って来るって言ってよ!」

「帰って来るに決まってるだろう? だって九月から幼稚園の先生になるのが決まってるんだよ」


ふたりは北案寺の中にある御影石のベンチに腰掛け、こそこそと話をしている。

出入り禁止の海を、家に連れて帰る訳には行かない。ベンチは木立の中にあり、一番近くで人目につかず話せる場所はここしかなかった。


「……二度と帰って来ないんだって思ってた」

「愛ちゃん」

「だって……朔夜さんのほうを選んだんだとばかり」

「選ぶも何も、妹と愛ちゃんは違うよ」

「カイ……」


海は急に無口になり、愛子の瞳をジッと見つめる。

そして――少しずつ、ふたりの顔が近づき、愛子はそっと目を閉じた。


「愛ちゃん。本当に見えなかった?」

「はい?」


< 173 / 175 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop