月宮天子―がっくうてんし―
確か、白露と言った。白露が無事ってことは、光崎蓮と名乗った青年はどうなったのだろう。

気にはなるが、今はそれどころではない。


「さあ、坊や『翠玉』を返してもらおうかね」

「そんなこと……言われても。お、れにどうしろと、言うんだ」


海は大蛇に咬まれた傷が痛むのか息苦しそうだ。


「だったら一緒に来てもらうよ。ああ、こないだ見失った『紅玉(こうぎょく)』はこんなトコにあったんだねぇ。子供の死体から飛び出したのを掴もうとしたら、先にこの女が手を出すんだから。人間てのは浅ましいねぇ」

シュルッ。

愛子の後方で嫌な音がした。案の定、大蛇がスプレーのダメージから復活して追いかけてきていた。


「あの……子も、死んだ、のか?」


海が俯いたまま、ボソッと口にした。

子供の被害者が出たと海は辛そうに言っていた。


「カイ……ひょっとして、子供が掴んだの?」

「そう、だ。子供が獣に……そして、両親と兄弟を。あんなに幼い子が……幸福になるために、生まれて来た命なのに」


愛子は驚いていた。

海の瞳からポロポロ涙がこぼれ落ちる。大の男が泣く所なんて、愛子には初めて見る光景だった。


それは、愛子の恋にトドメの一撃となったかもしれない。


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