月宮天子―がっくうてんし―
「だったらなんだい? 人間がなんで獣に変化するか教えてやろうか? 心が醜いからだよ。幼いからどうだって言うんだい。幼くても、兄弟を妬んだり、親を嫌ったりしてるんだよ! その汚い心が、そのまんま化け物になるのさ! その女もそうさ。よっぽど執着心の強い女なんだねぇ。こんなデッカイ蛇になったのなんかはじめて見たよ」


白露はククッと咽の奥を鳴らして笑った。


「市村先生は普通だったわ! 普通の女の人で、優しい先生だった! わたしのことを思って、ひとりにしてくれたんだからっ! ここに居たら、ずっとこの保健室にいたら……こんなことには、ならなかったのに」


海の涙と、白露の市村を蔑む口調に、愛子も緊張の糸が切れたようになる。涙が浮かんできて、愛子は抵抗のできない自分が情けなく悔しかった。


「ああ、面倒な連中だねぇ。その大蛇に食わせて、宝玉だけもらって行くとしよう」


その瞬間、再び後方から、シャーッ! と音がした。

刹那――海が愛子を突き飛ばしたのだ。大蛇は海の身体に巻きつく。

愛子の目に、その姿はいつか写真で見たことのある、ワニに巻きついて息の根を止めようとするアナコンダと重なった。

市村は『誘惑しちゃおうかなぁ』とか言っていた。このままじゃ、海は本当に市村のものになってしまう。


「カイーッ! 変身するのよ、早く、変身してっ!」


愛子は叫んだ。


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