月宮天子―がっくうてんし―
その直後である。海は体に巻きつく大蛇の隙間から、胸に右に手の平を押し当てた。

そして、喘ぐような声を漏らす。


「へん、し、ん」


海の口から、掠れた声が出た直後、保健室前の廊下は緑の光に包まれた。

愛子は一瞬、森の中に迷い込んだ気がした。

しかも早朝の、清々しい空気が周囲を満たす。


「ウガアァァァ……クゥゥゥ」


緑の光の中心から海の叫び声が聞こえた。


「カイ! カイ、大丈夫なのっ。返事してよっ!」


愛子が叫んだ瞬間、なんと海に巻きついた大蛇は弾かれたように壁に激突した。


「きゃ!」


愛子は悲鳴を上げ、目を瞑った。

そのせいで大蛇の姿を見失ってしまう。


「現れたねえぇぇ! 月宮天子!」


緑の煙幕の中から、翡翠色に輝く海が立ち上がった瞬間、白露が叫んだ。

あの夜、闇の中ではメタリックのように煌いて見えた。だが、太陽の光の中では透明度が上がり、その体躯は硬質な輝きを放っていた。

海はブンッと左腕を振る。どうやら、変身により左肩の傷は綺麗に塞がったみたいだ。

愛子はそんな中、大蛇が長い身体をくねらせ、わずかに開いた窓から外に這い出るのを目の端に捉えた。


「カイ! 市村先生が」

「ああ。わかった」


海は大蛇のあとを追おうとした。


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