月宮天子―がっくうてんし―
屋上には、そこにいるはずのない大鷲が横たわっている。

愛子は恐る恐る屋上に足を踏み入れ、海の傍に近づく。


「カイ……大丈夫?」

「ん、ああ。平気だよ」


海の体は、まだ緑のままだ。獣化する他の人間と違って、海の服は跡形も残らない。引き裂かれるのではなく、まるでエメラルド色の炎に焼かれる……溶かされるようだ。

でも、そっと触れてもそんなに熱くはない。

ただ、やはり下半身は……昼間だと余計に目立って仕方ない。愛子は目のやり場に困る。

しかし、あからさまにすれば海も困るだろう。

悩む愛子の目に、大鷲がピクッと動くのが映った。


「カイッ! あいつ生きてる! 早くトドメを差さなきゃ!」

「そ、それって……殺せってこと?」

「当たり前じゃない! あいつら大量殺人犯なんだよ。先生だってあいつらが……」


愛子がいくら急かしても、海は動こうとしない。


「カイ! 何やってるの!?」

「殺せない。人……じゃないのかもしれないけど、でも、俺には殺せない」


その直後、バサッと大きな羽を広げ、白露は空に舞い上がった。

でも、フラフラで今にも墜落しそうだ。


「がっ、くう、てんし。借り、だなんて……思ってない、から、ね。次は……倒してやる」


喘ぐように捨て台詞を残し、白露は東の空に飛び去った。


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