月宮天子―がっくうてんし―
  ***


「愛、寄ってく?」


日本語は凄い。コレだけで何を言っているのかわかるのだから素晴らしい。英語ならコレの五倍は喋ることになるだろう。

放課後、友人の問い掛けに愛子はそんなことを考えた。


「やめとくわ……例の事件。アレで母が早く帰れって」

「まじぃ? あんた、親の言いなりのイイ子ちゃんだったんだぁ」


数人の笑い声が聞こえる。

愛子にとって、これはかなりの苦痛だ。親教師に逆らって面倒を起こすのは嫌だが、友人との面倒はもっと避けたい。愛子はノーと言えない人間なのだ。だが、彼女らが友人と言えるかどうかは……微妙である。


「そんなんじゃないけど。わかった……行くよ」


今日はどうやって早く帰ろう。

笑顔の裏で思案する愛子であった。



友人に付き合って都心に出ると決まって遅くなる。


「だから、ヤだったんだよね。もう、ホント馬鹿」


愛子の家は西綾辺駅と綾辺駅、どちらに降りても徒歩二十分の距離にある。

というより、普段は電車もバスも乗らない。毎日通う綾辺高校は、自宅の南側にある千並(せんなみ)街道を越えればすぐだった。


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