月宮天子―がっくうてんし―
  *****


「ねぇ、もっと漕いでよ!」

「これ以上飛ばしたら危ないよ。愛ちゃん」


テント型のサイクルボート……人力で漕ぐボートである。ふたり乗りで、まあ、デートの定番であろう。そのボートにふたりは乗っていた。


「カイ、警部さんの言ってたこと、どう思う?」

「敵とは違うんじゃないかな? だって、愛ちゃんのことを助けてくれたんだろ?」


佐々木警部は、月輪と名乗る少女と青年のふたり組に、海たちのことは話さなかったという。

でも、警部から彼らの服装を聞き、愛子たちは同時に思い出したのだ。お見舞いの帰りに、横断歩道ですれ違った和装のふたり組のことを。

しかも、海はその月輪と言う少女のことをやたら覚えていた。「愛ちゃんと同じくらいで、若草色の夏用の着物を着た短い髪の少女ですよね?」とか警部に答えていた。

まあ、愛子は蓮と名乗った青年のほうしか覚えてないのだから、おあいこかもしれない。


「あっ! カイ、ほらぶつかる! 真っ直ぐ漕いで」

「はいはい」


明治記念公園にはプールもある。

暑い時期だけに飛び込みたいのも山々だが、さすがに水着がない。結局、ふたり乗りのサイクルボートに乗りたいと言ったのは愛子だった。 


ふたりで隣り合って座り、自転車のペダルのようなものを漕ぐ。どちらかが強すぎても弱すぎても曲がってしまうのだ。意外と加減が難しかった。


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