月宮天子―がっくうてんし―
  ***


「すぐに着替えを用意しますから……。すみませんねぇ。親御さんも興奮されてるようで」


つくづく、全裸になるのが運命のような男である。真夏だから風邪は引くまいが……。

海は、腰にフェイスタオル一枚巻いた格好で、事務所のパイプ椅子に座っていた。


「それにしてもなんなの!? あの親って」


愛子は怒っていた。飛び込んで助けてくれた人に礼も言わず、誰が悪い、誰のせいだ、と表で騒いでいる。

子供は幸い大して水も飲んでおらず意識もあったが、念のため、と救急車を待っている状態だ。


「まあまあ、別にお礼が言って欲しくて助けた訳じゃないし。子供が無事でよかった。本当によかったよ」


この間の事件で、海は幼い少年の遺体を目の当たりにしている。獣化した少年が死んだと聞かされたときも、海は泣いていた。

今は本当に嬉しいのだろう。全身びしょ濡れで、携帯も使えなくなり、財布も失くしたというのに――満面の笑顔だ。

そんな海をみていると、愛子も妙に素直な気分になってくる。


「カイってヒーローだね」

「今日は緑に変身してないよ」

「変身しなくてもヒーローだよ。……カッコよかった」

「あ、いちゃん?」


ボソッと付け加えた言葉が恥ずかしくて、愛子の頬は真っ赤に染まった。

それを見ている海も、つられて赤くなる。公園の名前に即した、初々しいカップルの誕生か? といった瞬間――。


「お前が健太を突き落としたんだね! この人殺しっ!」


ムードをぶち壊す、殺伐としたセリフが、辺りに響いたのだった。


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