月宮天子―がっくうてんし―
海と愛子が外に飛び出したとき、ひとりの少年が蹲っていた。

ボートに乗っていた三人のうち、小学生に見えた少年だ。頬が赤く腫れ上がっている。それは明らかに、誰かに殴られた跡であった。


「お姑(かあ)さん落ち着いてください。そんな」

「もう少しで大事な孫が殺されるとこだったんだよ! 明美さん、あんたが甘いこと言ってるから倅も里親なんて引き受けたりするんだ。あんたの責任だよっ」


溺れた幼児の祖母が嫁を叱りつつ、一緒に乗っていた小学生を殴りつけている。嫁のほうは姑が怖いのか、本気で止めようとはしない。

愛子は目を見開き、思わず叫んだ。


「ちょっと待ちなさいよ! その子が何をしたって言うの? 責任云々って言うなら、中学生の子がいるじゃない。第一、子供だけで乗せた自分達のせいでしょ!」

「あ、愛ちゃん……」


元々、何かを主張する、ということは少ない愛子だ。でも、海が一緒だと、なぜか強気になる。


「あたしじゃないわ! 違うもの。その子よ。その子が、健太を突き落としたんだからっ!」

「ちょっとぉ……」


愛子が中学生の少女に説教をしようとしたときだ。


「バッカみてぇ。勝手にやってろよ」


少年は立ち上がり大人たちを一睨みすると、そう毒づいた。

愛子はゾクッとする。その目は、およそ子供らしくなかった。近づくすべてを拒絶しているようで、愛子も何も言えなくなる。


「フン、死ねばよかったんだ。あんなクソガキ。あー残念残念」

「なんて口利くんだい! この悪魔め」


年配の女性は再び小学生を叩こうと腕を振り上げた。少年のほうもわかっているのか、クッと唇を噛み締め、目を閉じる。


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