月宮天子―がっくうてんし―
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明治記念公園で、海が股間を一撃された翌日――。

綾辺市の西園家を、四十歳前後の夫婦と二十代の若い女性が訪れた。

夫婦は、海が助けた少年の両親だ。父親は弁護士で朝倉と名乗った。それなりの好人物に見える。母親は、相変わらずおどおどしていて気が弱そうだった。


「昨日は息子が命を助けて頂き、本当にありがとうございました。それと、私の母が失礼なことをしたようで……本当に申し訳ありません。多分、気が動転していたのでしょう。何卒、お許しください」


夫婦は揃って頭を下げる。

と、ここまではよかったのだ。愛子にしても、目の前に大好きな『くまや』の水羊羹詰め合わせを出されては、ラッキー! と思うのも当然であろう。


「あの……母があなたに対して振るった暴力ですが」

「暴力って……どういうことですか? 海くん、あなた暴力とか振るったの!?」


日曜日で同席していた愛子の母が、驚きの声を上げた。


「ま、まさか……僕はそんな」

「あぁ、いえ、私どもの母です。瀬戸内さんの背中を叩いてしまって……。それと」


それまで黙っていた朝倉の妻が、隣の若い女性をチラチラ見ながら、言い辛そうに口を開いた。


「一(はじめ)君。あの小学生の男の子を叩いてしまって」

「その件は、施設の先生とで話し合いが済んでおります。ですから、瀬戸内さんにもお嬢さんにも、もし誰かに聞かれても『知らない』と答えて頂ければありがたいのですが」


そう言いながら、朝倉は水羊羹の横に茶封筒を添えた。


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