月宮天子―がっくうてんし―
  *****


「ここでいいの?」

「うん。間違ってないと思う」


わかば園と大きく書いてある。その横に、児童養護施設の文字があった。

結局、海は御礼の茶封筒を受け取らなかった。

愛子は、その辺が彼らしい、と思いつつ、


「でも、貧乏なんだからもらっておけばよかったのに」

「携帯は修理してもらえたし……入園料やボート代もタダになったから」


入園料とボート代は、帰りの電車賃もない海に同情して、園側から返金された。園が用意してくれた洋服代などは朝倉が支払ってくれたという。


門を抜け、建物の中に入ると左側に窓口がある。そこで受付をするようだ。名前や住所、用件を書く欄もあり、海は記入したあと、窓口の人に香奈の名前を告げた。


「中里一(なかざとはじめ)君だっけ。もう一度会いたいとか言ってたけど……。ホントに逢いたいのは、香奈先生のほうじゃないの?」


“あいたい”のニュアンスが微妙に違う。

愛子はそれが心配で、わざわざ付いて来たのだった。


香奈はこの園に、保育士として勤めているらしい。十九歳で入って九年目。中里一は十一歳で、ちょうど彼女と同じころに乳児院から『わかば園』に移って来たという。

ずっと面倒を見て来て、実弟のように思っていると言っていた。


「そんなんじゃないよ。でも、愛ちゃん……補習に出なくていいの?」

「そ、そんなこと、いきなり言い出さないで!」


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