月宮天子―がっくうてんし―
コツコツ……コツコツ……


規則正しく響く足音にビクビクしながら、愛子は母からのメールを思い出していた。


『明日来られます。今夜中に一階の和室を片付けておいてください。母は遅くなります』


夏休み間近で、母は職員会議続きだ。でも、居候を迎えることに反対している私がなんで? と思い、わざと帰宅を遅くしたのだった。


コツコツ……コツコツ……コツコツ……
 

でも、こんなことなら早く帰ればよかった。

足音は愛子がペースを上げれば同じだけ早くなる。絶対に勘違いなどではない。コレは……マジで危険だ。


本来なら小学校沿いにそのまま直進して、北案寺(ほくあんじ)の南側にある自宅に戻る予定だった。

しかし、緊急事態である。

途中で左に折れ、千並街道を目指した。その交差点に駐在所があったからだ。留守のことも多いが、物騒な事件続きなので常駐するようにしていると聞いた気がする。


ところが、曲がった途端、足音も曲がった。そして、あろうことか近づいてくる。


(こ、怖い)


恐怖が一気に現実のものとなり、愛子の足元から這い上がってきた。百メートルもないのに、交差点までが異様に遠く感じる。

駐在所の灯りが見え、愛子は警官の姿を目に捉えた。


(よかった……助かった)


よもや、駐在所の前で襲う犯人もいないだろう。愛子はホッとして速度を弛め……。

次の瞬間――誰かが愛子の右手首を掴んだ。


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