月宮天子―がっくうてんし―
「すみません。掃除までさせてしまって」


香奈が医務室で手当てをする間に、愛子が箒と塵取りでガラスを集め、小型の掃除機で破片を吸い取った。

香奈が部屋に戻ったとき、ちょうど愛子も掃除機を受付に返して、部屋に戻って来た所だった。 


「今、里親の元に行ってる子が多くて……職員も休みを取ってるんです。だから、人が少なくて。本当に申し訳ありません」

「あの、手は大丈夫ですか? ガラスの怪我は病院に行った方がいいって言いますけど」

「いえ、スパッと切ったんで平気です。これくらい、いつものことですから」


ニコッと笑うとガッツポーズを見せる。そういうものなのか、と愛子は感心した。見た目は脆くて儚そうな人だけど、意外と根性は座っているのかもしれない。


そのとき、入り口の引き戸がガラッと開く音がした。

愛子は戸に背を向けて、香奈と向かい合わせに座っている。


「……さ、いとう、せんせい」

「香奈先生?」


香奈の動きが止まった。

瞳孔が見る間に広がっていく。愛子がジッと見つめると、その眼球にジャージが映っていた。そういえば、先ほどの斉藤も紺色のジャージを着ていた。


そこまで考えた瞬間、愛子の背筋に悪寒が走る。

それはここ数日、何度か経験した感覚で……愛子は恐る恐る振り返った。


そこには――ジャージ姿のパンダが牙を剥いていたのだった。


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