月宮天子―がっくうてんし―
「カ、カイーッ! パンダ……パンダが出たっ!」


その辺りにいるはずだ、と愛子は窓に飛びつき、目一杯叫んだ。さすがに、経験を重ねるごとに、そこそこの声は出るようになっている。


「ど、どうして、斉藤先生が、パンダなの? 何がどうなってるの?」


香奈は、とくに逃げるでもなく、呆然と椅子に座ったままだ。

確かに、敵がパンダとあってはどうも緊張感に欠ける。愛子にしても、牙さえ剥いてなければ、「可愛い~」と駆け寄りたいところだ。

しかし、見た目は白黒ツートンで愛らしくても、本性は熊である。


「カイーッ! なんで助けに来ないのよっ!」


愛子が叫んだ瞬間、グルグルと咽を鳴らし、涎を垂らしながらパンダ斉藤は愛子らに向かって来た。


「キャーッ!」


香奈が悲鳴を上げた。愛子は咄嗟に、目の前にあった来客用のパイプ椅子を掴み、放り投げる。

パンダはガンッ! とそれを受け、パイプは見事に曲がった。


「香奈先生、今よ。逃げよう」

「わ、わたし……」


香奈は愛子に腕を引っ張られ、ふたりは転げるように窓から逃げ出した。

裏庭を突っ切り、とりあえず三十分逃げ切れたら……。


そんな風に考えた瞬間、香奈が花壇の柵に足を取られ転んでしまう。


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