月宮天子―がっくうてんし―
「香奈先生! しっかり」

「あ、足が……愛子さん逃げてっ!」


足首を捻ったのか香奈は立つことも辛そうだ。ドスドスと足音を響かせ、パンダはすぐ後ろまで来ている。


(カイのバカッ! パンダに食われたら一生恨んでやるっ!)


一瞬、香奈を置いて行けば自分は助かる……そんな考えが愛子の頭を掠めた。

それは罪にはならないはずだ。『カルネアデスの板』である。

でも……。

愛子はパッと立ち上がり走った――そして、花壇の隅に突き刺してあったシャベルを掴む。土を掘り起こす為の大きめの物だ。

そのまま、香奈の元に駆け戻った。


「来なさいよっ! パンダなんか、上野動物園に叩き込んでやるんだからっ!」


香奈を襲う寸前のパンダ斉藤に、愛子はシャベルを持って立ち向かった。

大蛇や大鷲に比べたら十倍まし、狼やゴリラなら三倍はましだろう。見た目もパンダならそう怖くない。

いや、実際は熊と大差なく凶暴だというが……。愛子は考えないことにした。


「香奈さん、香奈さん、無事?」


返事がない。どうやら、間近にパンダ斉藤を見て、気を失ったようだ。

愛子も気を失いたいが、もう遅い。


「くたばれ! パンダァーー!」


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