部長とあたしの10日間
「本当に助かりました。
どうやってお礼したらいいか…」


もし部長がいなかったら完全にデートに遅刻してた。
本気で感謝しながら頭を下げると、部長は腕を組みながら隣の机にもたれかかってあたしを見た。


「じゃあ、身体で返してもらうとするかな」


「え…?」


このドSな男は、一体あたしに何をさせるつもりだろうか。
変なことを要求してきたらセクハラで訴えてやる、なんて構えていたあたしに返ってきたのは予想外の言葉だった。


「お茶を淹れてくれないか」


「───お茶、ですか?」


拍子抜けするあたしを見て部長は苦笑する。


「ああ。
昼間と同じやつ」


そして、いつになく柔らかい口調で続けた。


「お前のことはまだよく知らないが。
お茶の淹れ方が上手いことだけは知ってる」


そのとき、初めて見た部長の微笑に、なぜか胸がドクンと飛び跳ねた。


「だ、だけって…。
それ全然褒めてないんですけど」


あたしは突然騒ぎ始めた心臓の音がバレないように、慌てて給湯室へ向かう。
部長から死角になる柱の陰に隠れると、不覚にも赤く染まった頬を手で覆う。


今まで何度もお茶を淹れてきたけど、あんなふうに褒められたのは初めてだった。
自己満足に過ぎないこだわりに気付いてくれる人がいたなんて。


それがあの小泉部長だなんて。
どうしよう。悔しいけど、それ以上にすごく嬉しい。
< 29 / 146 >

この作品をシェア

pagetop