部長とあたしの10日間
「そう、ですか…」


あたしはミーティングルームに消えていく部長の背中を見送りながら、寝られなかったのはどうしてか聞けなかった。


資料の準備が終わってなかったから、とか。
出張先で何かトラブルがあったから、とか。
寝られないくらい忙しかった理由は、色んな可能性が考えられる。


だけど、どんな大義名分があったとしても、葛城主任が一緒にいたのなら、何の安心材料にもならない。


何を言われたとしても、後藤さんの言った通り、二人でよろしくやってたのだと肯定されるようで怖かった。


とはいえ、いつまでも二人のことを気にして落ち込んでいるわけにもいかない。


あの几帳面な部長のことだから、時間に対しても厳しいに違いない。
今あたしにできることは、宣言した通りの時間で作業を終わらせることだけなのだから。


「…これでよし」


最後の文字を入力してホッと息を吐く。
出来立てのファイルを保存しながら時計を見ると、当初の想像より15分も早く片付いていた。


小泉部長みたいな厳しい相手に見張られていると思うと、サボれないからはかどるのかもしれない。
どうりで企画部の成績が社内で抜きん出てるわけだわ、なんて苦笑いしながらパソコンの電源を落とした。


あたしはミーティングルームの側の窓ガラスを鏡代わりに、最低限の身だしなみを整える。


窓から地面にできた水溜まりを覗いた限り、雨はまだ降っているようだ。
結局、新しいパンプスを濡らすはめになってしまったことに小さく溜息をついた後、気を取り直して扉をノックした。
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