初恋。~Short Short Story~
夏色
駐車場に車が数台止まっている。その中の一台のボンネットに乗った猫は、くぁぁ…、とあくびをしていた。
よくもまぁおいしく焼かれずいられるんだか。
なんて、いつも通りの町にため息をつく。
「…あたし、夏は嫌いだな」
隣であるく、幼馴染みこの千春が言った。
「どうしたよ」
「…」
千春は「だって、」と口を尖らせた。
「暑いもん」
「…お前さ、」
当たり前の事嫌がってこの先どうすんだよ。
「自転車だって持ってないし、乗れないし」
「そりゃ、お前が運動オンチの神だから親が買わなかったじゃねーのかよ」
「自転車くらい乗れますぅー」
「今乗れないし、ったろよ」
「バレた」
「まぁいいか」千春は笑った。
「真が乗せてくれるもんね」
「…今はな」
そして再び、沈黙の時間。
「ねぇ真、自転車乗せて。5:30だし、もう帰ろ?」
「え?あ、あぁ」
自転車にまたがり、「ん」と千春の方へ少しだけ傾ける。
「よっ、と」
すると自転車に重みが加わり、タイヤが少し沈んだ。
「乗ったか?」
「うん」
腰に自分のものではない手が回る。
それをみて、ペダルをこぐ。
「おーーっ、気持ちいいねーー」
スピードを上げてやると、すぐ後ろから声があがった。
左、右、三叉路を真っ直ぐ。
忘れもしない、自分の家への帰り道。
「わっ、真、しーーーん、見てみて!ひだりひだり!」
千春に言われ左をみると、
住宅街にぽっかりあいた空き地から、丸い夕日が覗いていた。
「おおーーー」
「すごいね!!」
左に曲がり下り坂にはいると、夕日の光を顔にもろ浴びるような向きになる。
この下り坂を下ればすぐに自分たちの家につく。
「あは、真まぶしい?」
「まぶしいぞ」
「ふふ、あたしは真ガードがあるからねー」
ぽふ、と背中になにかがあたる。
「真、汗の匂いしないねーー」
「お前は俺の匂いを嗅ぐ癖でもあんのか!?」
「うそ、めちゃするー」
「ストレートだな!?」
このやりとりもいつも通り。
そしてー…
「てゆーか真、スピード遅くない?この道入ると絶対遅くなるよね」
「…千春が重いし、夕日まぶしいからな」
こんな嘘もいつも通り。
まぶしいからなんかじゃない、千春が重いからじゃない。
ただ俺が千春と少しでも長くいたい、それだけだ。
自転車がギリギリ倒れるか倒れないかのスピードで、
ゆっくり、ゆっくり、下ってく。