初恋。~Short Short Story~
さくら
桜、ひとひら。
暖かい風と共に、花びらが舞った。
──────────────────
「…真(しん)!!」
千春は笑顔で俺を出迎えた。
いや、出迎えてはいないけど。
ベッドに潜りこんで。
「よぉ、千春」
「やっほー、元気ー!?あたしは全然元気ー!!」
「元気だったらお前はまず病院にいない」
「そらそっかー、でも今日はめちゃめちゃ調子良いのー!」
「そりゃ良かったな」
「もしかして治っちゃう!?不治の病、治っちゃう!?」
「さあな。だけど心臓病は今となっては不治の病でもねぇな」
「だよね!よぉし治しちゃおー!」
こんな感じで千春は入院している。
心臓病だ。
千春はもともと心臓が強くはないらしく、俺もよくは知らないがまぁ1ヶ月2ヶ月で治る代物ではないらしい。
心臓病とわかった当初は千春はよく泣いていた。
『母さんに迷惑かけちゃう、なんであたしが心臓病になっちゃうの…?』
あの言葉に何も返せなかったことをよく覚えている。
だけど今はもうすっかり受け入れたようで、
『看護師さんめちゃめちゃ優しいんだよー』
なんて、自慢気に話していた。
「あーぁ、でもクラスのお花見パーティ行きたかったなぁ」
そう呟くと千春は少し俯いた。こいつなりに気にやんでいるのだろう。
「しょうがねぇよ、調子悪いまま行ってぶっ倒れたらどうしてくれる」
「…それもそうだね」
千春と俺のクラスの皆で行った花見パーティ。誕生日の近い千春も誘われ、最近は調子いいからと千春は二つ返事で承諾した。
承諾したまではまぁ良かった。
調子に乗ってはしゃぎすぎ、千春はパーティの前日、つい差一昨日に体調を崩してしまった。
クラスの皆、千春の友達はどこまでも優しく、パーティの翌日に千春の病室で色々とプチお菓子パーティなるものを行ったのだが、千春はどこか暗い表情をしていたと言う。(千春の友達の話だ)
「やっぱり千春の名のもとに生まれたんだからさ、桜は一年に一回は見に行きたいんだよね。病院にはないし」
千の春と書いてちはる。桜満開の日に生まれたという。だからか、千春は桜が大好きで、好きな花はと聞かれたら必ず桜と即答していた。
「…あのさ」
「んー?何、真」
「お前の病気、いつ治るか…、とか医者に
聞いてるか?」
「…んー…」
千春はそのうち、と言って笑った。
なんか誤魔化された気がする。
「あたしは元気なんだから、きっと治るよー!」
「…そうだな」
「あー、桜見たいみんなとわちゃわちゃしたいお団子たべたぁい」
「結局団子かい」
そう言って千春は布団をバタバタとさせる。
「花見行きたい行きたいいきたぁい」
「ん」
ぽさ、と音…はしなかった。
…え、
千春は口の形をそう動かしたが、声は聞こえなかった。
千春の手の中には俺が渡した桜の花がついた木の枝があった。桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿とは言うが、これは木に登って折ったのだからまあ許容範囲、だろうか。
「花。あと団子じゃないけど桜餅が3コある」
スーパーのパックのだけど。
「…え、なんで…」
「絶対言いそうだから」
千春は暫く口をぱくぱくとしていたが、すぐに満面の笑みとなった。
「…っ、お花!!おもち!!ありがとう!
!真ほんとにありがとう!!」
「お、おお…」
「もー、ほんとに嬉しい!真優しーい!みんなこんなことしてくれなかったもん!ほんとに…
大好き!!」
きゅん。
きっと千春には深い意味はないだろうその言葉が、俺の心臓の鼓動を速めるには充分すぎる一言だった。
あーくそ嬉しい…!
「真?」
千春が顔を向けてくる。
「…こっち見んな」
「??」
頭にはてなマークを浮かべている。こんにゃろうこの鈍感が。
「桜餅全部食べていいから。用事思い出した、帰る」
「真、顔真っ赤だよ…熱ある?まって、今ナースコー「いい」」
「構うな、自分の心配してろ」
しまった。
そう思った時には、全てが遅かった。
「…なん、で」
「…悪」
「なんでそんな事いうの!?あたしが真の心配しちゃいけないの!?あたしだって辛いんだよ、苦しいんだよ、あたしのせいで皆に迷惑かけているのが!!怖いんだよ、裏で邪魔なんて、思ってるんじゃな、」
ぐっ。
呻くようなその音は、その声は、千春から聞こえた。
「千春!」
「ぐっ、し、んぞ、が、ひぐっ」
「千春!!」
「い、や、しにた、くな、」
死にたくない。
確かに千春はそういった。
「大丈夫だ、死なないから!!」
「ぐあっ」
「…っ、」
ナースコール。俺は咄嗟にボタンに手を伸ばした。
助かってくれ…!!!
「死ぬな死ぬな死ぬな…千春ッ!!」
「あった。白川…これか」
白川千春の家の墓石である。綺麗に手入れされてあるそれは、太陽光を反射してきらきらと光っている。
「線香と、ライター…あった」
ポケットの中をごそごそと探る。
「ねえぱぱ、これなに?」
腕にずっとしがみついて腕時計で遊んでいたいた子供、遥斗が聞く。
「…人が眠っているところだ」
「ふぅん」
遥斗は興味を無くしたようで、再び俺の腕時計をいじり始めた。
墓石を水で洗い流し、花を備え、線香を灯して穴にいれる。
ぱん、と手を合わせた。
「あ、真!先に手ぇ合わせないでよ!あたしが先!」
「ままー!」
「…悪い、
千春」
「もぉっ!なんであたしの両親の墓参り真が先にやってるの。そのままストップ、あたしもやる!ほら遥斗、一緒におててあわせよっか」
「うん!おててとおててをあわせてしあわせー」
「紛らわしくて似ていて間違えやすいが、それはシワだと思うぞ遥斗」
「おててー」
俺は右に立つ千春の左手薬指を飾る指輪を、そして俺によく似た子供の遥斗を見た。
「父さん母さん、あたしはめでたく子供を産みましたー」
「とうさんかあさんうみましたー」
「遥斗って言いまーす、遥斗今いくつ?」
「3さぁい」
「真に似てイケメンになってしまいそうです、ぱぱどうしましょう?」
「いや…どうもしなくね?」
「性格はあたしに似ていいコでーす」
「まてスルーか!?スルーなのか!?」
「はるとくんいいコだぁー」
「よしよしいいコだねぇー」
「やめて…。パパなんか悲しい…」
「いろーんなことあって、あたしたちは今、とっても幸せです。感謝してます」
桜ひとひら。
また舞った花びらに、未来永劫の幸せを誓う。