もっと、さわって。
消毒して。
 混み合う電車内。
 さっきから私を見ようとせずに背を向けたままの彼。

 ささいなことでケンカした。
 一応は和解したけど、気まずかった。

 地下鉄の暗い窓に、背を向ける彼の顔が映っている。
 私はその顔を見れずにじっと俯いてる。
 そんな彼の背中に恐る恐る手を伸ばし、上着の裾をきゅっとつかむ。
 ただ、彼の上着をつかむ。


「テメェっ……!!」


 私に気づいて振り返った彼の眉が釣り上がり、拳が振り上げられる。

 私は思わず目をつむった。

 混雑した車内で殴り飛ばされた体が床に倒れ込み、周囲から悲鳴が上がる。


「痴漢なんかして、恥ずかしくねぇのか!!」


 珍しく激昂する彼に、開いた目をまた閉じそうになる。
 でも、私は彼にしがみついて彼を止めた。


 彼が殴り飛ばしたのは、彼の後ろの私の後ろに立っていたスーツの男。


 私は、彼氏がいるのにその後ろで痴漢に遭っていた。


 この痴漢には、私と彼が赤の他人に見えたんだ。
 そう思うと、涙が出る。
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