丹後の国のすばる星
温羅の正体

 あずみは島子の家に戻ってきてから塞ぎこんでいて、島子は非常に案じていた。
「とにかく島子さんの温羅疑惑を晴らさねばならないが、どうすれば晴れるのか」
 そのことばかり考えていたようだった。
「あずみ。どこか悪いとこでもあるんちゃうか」
「どこも悪くないよ。考えたいことがあって。ごめんね、心配かけて」
 島子は指で頬を引っかくと、あずみの背中に手を当てて尋ねてきた。
「もしかして、うちに帰りたくなった」
 あずみは、いいえ、と答えていう。
「そっか。亀さんがいうてたやん、きみはここの時代の人やないって。その意味がようわからんかったけど、家に帰りたい、いうことなのかなて」
「そうじゃないの。私、帰る家なんてどこにもなくて。だからここにいさせてほしい。できればずっと」
「あずみ」
 島子は眉をひそめ、日に焼けた大きな両の手であずみの手をしっかり握り締めた。
「いやなの。このまま島子さんが朝廷に殺されてしまうのは。あなたが違うっていっても、言うことなんて聞いてくれないんでしょ。やっぱり逃げたほうが」
「あずみ。いうたやろ、ぼくは逃げたくないって。話せばわかってくれるはずや、殺されはしない、きっとしない」
「あなたがいなくなったら、私、居場所なくなっちゃう。あなたがやっと見つけた幸せだったのよ。島子さんを失ったらどこにいけばいいのか、わからないよ。親もいない。家もない。たったひとりの部屋に戻るのだけは寂しくて、もうイヤなんだよ」
 島子は嗚咽するあずみをきつく抱擁した。 
「逃げよう。島子さんが行くところなら、私どこへでもついていく。お願いだよ、一緒に生きて、私とずっと生きていようよ。どうか死なないでいて」
 あずみの思いつめた表情に戸惑いを見せ、島子は言葉を失っていた。
『本当に自分を失ったら、この子はどうなるかわからない』
 そう思えばいたたまれなくなって、島子はあずみを抱きしめたまま、迷っていた。
「その必要はないですよ、あずみさん」
 泣きじゃくった顔をそのままに、あずみは戸口のほうを振り返ると、弓矢比売が立ったまま笑っている。
「弓矢さん」
「島子様が逃げる必要なんて、もうなくなりますわ」
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