丹後の国のすばる星
「どういうことです、いったい」
弓矢比売は玄関へ腰かけ、一部始終を語って聞かせた。
「わたしが温羅の末裔で、わたしさえ名乗ればすむことですから」
「弓矢さんが温羅。ではそのことを皇子さまは」
「知らないでしょうね…」
島子はあずみと顔を見合わせた。
「朝廷に殺されたあなたのお父様には申し訳が立ちません。皇子さまの部下の楽々森彦(ささもりひこ)はわたしの父ですが、じつは養父で本当のお父様ではないの」
「温羅の末裔なら、どうして別の人の娘になったんですか」
あずみが尋ねると、弓矢は目を伏せながら答えてくれた。
「わたしが幼い頃、朝廷が一度攻めてきましてね。そのとき逃げ遅れたわたしを、今のお父様が拾って育ててくれたのです。そして吉備津彦様に嫁ぐようにと命じられたの。政略結婚だったかもしれないけど、わたしは皇子さまが大好きですから、よかったと思っているの」
「そうだったのね」
あずみは思い切って夢の話を弓矢に打ち明けることにした。
「亀比売さまが皇子さまと力をあわせて島子さんを救うようにと言ったのよ。だけど疑念を晴らせば助かるともいってた。だから弓矢さんが犠牲になることないんだよ」
「ありがとう。でもそうはいかない。一族のうらみは晴らすべきですもの。わたしたち温羅は、悪いことなんてしていないのに…」
あずみは弓矢の身を案じ、そして予感さえしていた。これが弓矢と会える最後の機会なのではないかと。
「あずみさん、あなたと島子さまはお似合いです。あなたたちを不幸にはしたくありませんものね。どうぞ平らけく、安らけく、お過ごしくださいますよう」
「弓矢さん」
去り際、思い出したように弓矢は振り返り、あずみに意外なことを告げた。
「それと、皇子さまのこともよろしくお願いします。あのかたは、あなたを好きですから」
弓矢の最後の言葉に、あずみは驚きを隠せない様子でまばたきを繰り返す。
「え。どういうこと、皇子さまが私を好きって」
島子は表情を曇らせて、弓矢を見送っているあずみの背中を長いこと凝視していた。
「恋ひしきに 命をかふるものならば 死にはやすくぞ あるべかりける」
あずみは島子の重々しい口調の歌を耳に入れ、勢いよく振り返ると、どういう意味かと尋ねた。
「あずみに会えるんやったら、たとえ死んでもええと思ったんよ。きみに会うためやったらな」
「し、島子さん、ちょっと怖い歌ね。顔も怖いよ」
「さっきの弓矢さんの話がホンマなら、皇子さまも同じ気持ちだったらと思うと、ぼくは…」
「私、あかねさすの歌のほうが好きかな。きれいじゃない、夕焼けみたいでさ」
島子の言葉を遮って、どうにかこの話を免れようとしていた。
「たしかに皇子さま、凛々しいし勇敢そうで私も好きよ。でも島子さんへの気持ちとはちがう。愛の形がちがうのよ」
「あ、愛…」
愛などと聞いて、島子は久々に赤くなる。
「島子さん、耳まで真っ赤だね」
「からかうなや」
「弓矢さん、無事だといいわね」
あずみの言葉で島子は重大なことを思い出したように、大きく頷いていた。
弓矢比売は玄関へ腰かけ、一部始終を語って聞かせた。
「わたしが温羅の末裔で、わたしさえ名乗ればすむことですから」
「弓矢さんが温羅。ではそのことを皇子さまは」
「知らないでしょうね…」
島子はあずみと顔を見合わせた。
「朝廷に殺されたあなたのお父様には申し訳が立ちません。皇子さまの部下の楽々森彦(ささもりひこ)はわたしの父ですが、じつは養父で本当のお父様ではないの」
「温羅の末裔なら、どうして別の人の娘になったんですか」
あずみが尋ねると、弓矢は目を伏せながら答えてくれた。
「わたしが幼い頃、朝廷が一度攻めてきましてね。そのとき逃げ遅れたわたしを、今のお父様が拾って育ててくれたのです。そして吉備津彦様に嫁ぐようにと命じられたの。政略結婚だったかもしれないけど、わたしは皇子さまが大好きですから、よかったと思っているの」
「そうだったのね」
あずみは思い切って夢の話を弓矢に打ち明けることにした。
「亀比売さまが皇子さまと力をあわせて島子さんを救うようにと言ったのよ。だけど疑念を晴らせば助かるともいってた。だから弓矢さんが犠牲になることないんだよ」
「ありがとう。でもそうはいかない。一族のうらみは晴らすべきですもの。わたしたち温羅は、悪いことなんてしていないのに…」
あずみは弓矢の身を案じ、そして予感さえしていた。これが弓矢と会える最後の機会なのではないかと。
「あずみさん、あなたと島子さまはお似合いです。あなたたちを不幸にはしたくありませんものね。どうぞ平らけく、安らけく、お過ごしくださいますよう」
「弓矢さん」
去り際、思い出したように弓矢は振り返り、あずみに意外なことを告げた。
「それと、皇子さまのこともよろしくお願いします。あのかたは、あなたを好きですから」
弓矢の最後の言葉に、あずみは驚きを隠せない様子でまばたきを繰り返す。
「え。どういうこと、皇子さまが私を好きって」
島子は表情を曇らせて、弓矢を見送っているあずみの背中を長いこと凝視していた。
「恋ひしきに 命をかふるものならば 死にはやすくぞ あるべかりける」
あずみは島子の重々しい口調の歌を耳に入れ、勢いよく振り返ると、どういう意味かと尋ねた。
「あずみに会えるんやったら、たとえ死んでもええと思ったんよ。きみに会うためやったらな」
「し、島子さん、ちょっと怖い歌ね。顔も怖いよ」
「さっきの弓矢さんの話がホンマなら、皇子さまも同じ気持ちだったらと思うと、ぼくは…」
「私、あかねさすの歌のほうが好きかな。きれいじゃない、夕焼けみたいでさ」
島子の言葉を遮って、どうにかこの話を免れようとしていた。
「たしかに皇子さま、凛々しいし勇敢そうで私も好きよ。でも島子さんへの気持ちとはちがう。愛の形がちがうのよ」
「あ、愛…」
愛などと聞いて、島子は久々に赤くなる。
「島子さん、耳まで真っ赤だね」
「からかうなや」
「弓矢さん、無事だといいわね」
あずみの言葉で島子は重大なことを思い出したように、大きく頷いていた。