丹後の国のすばる星
 ふたりで釣竿を勢いよく引くと、大きな亀とセーラー服の少女、あずみが船底へ引き上げられた。
 亀のほうは気を失ってひっくり返っている。
「えっ、女の子…と、亀だ…」
 島子はあずみの身体が冷えないように、上着をかけてやる。
「お、やさしいね。好みか、べっぴんさんやもん、気に入ったらしいな」
「そんな場合じゃないでしょ、ああ、呼吸が弱くなって…。ど、どうしたらいいだろう」
 うろたえる島子に、吉備津彦は頭をめぐらせ、助ける方法を思いついたようだ。
「たしかなあ、オレ、その方法知ってんだけど」
「教えてください、皇子さま」
 懇願する島子に吉備津彦はいやらしい笑顔でこう教えた。
「最初、抱きしめて身体を温める」
 島子はいわれたとおり、あずみを抱きしめた。
「そ、それで」
「それからぁ、くちづけする」
「えっ…」
 島子の顔色が、急激に熱を帯びて、真っ赤に染まっていく。
「早うしてやらんと、死ぬるでぇ」
「そ、そんなん言うたって…」
 あずみのか細いうめき声を耳にして、島子は決心する。
「それから?」
 キスをしながら吉備津彦に視線を送った。
「息を吹き込んでやれ、あ、思いっきりな。おまえの身体がぶっこわれるんじゃないか、ていうくらいに」
 いわれるとおりに息を吹き込むと、あずみは激しく咳き込んで海水を吐き出した。
 あずみは意識を取り戻し、ふらつく頭を押さえながらそろそろと起き上がる。
「ここ、どこ」
「よかった…。無事だった。ほんとうによかった」
 胸をなでおろし、船底に両手をついてくずおれる島子と、傍らで片膝をつき、見守っている吉備津彦の姿があった。
「ああ…頭がぼうっとして…。筒川村で島子さんって人、捜さないと」
「ぼ、ぼくが島子だけど」
 あずみと島子は視線をぶつけて見つめあった。
 島子のほうは既に意識していたようで、視線を泳がせながら、あずみを盗み見るようにして様子を窺う。
 あずみはあずみで、頬を赤くしながらうつむき、上着の存在に気づく。
「そ、それ、ぼくが…。服が乾くまで使ってていいからね」
「ありがとう。それじゃもう少しだけ」
「のうおめえさん、とびきりのべっぴんさんじゃが、名前は?」
 頃合を見計らい、吉備津彦が例によってニヤニヤと笑んで船の縁に寄りかかり、あずみに尋ねた。
「あずみです。亀さんがね、あなたに『玉櫛笥』とかいう箱があるから、わたしてほしいっていうの。なんでもあなたの、おかあさんの形見だとか」
「なに、亀比売の」
 先に声をあげたのは吉備津彦で、あずみは意外そうな表情で吉備津彦のほうを見た。
「どんな箱だ」
「えっと、黒いすずり箱みたいなのだった。きれいだったわよ」 
「いま、持ってるか」
 あずみは持ってきた鞄を探すと玉櫛笥をとりだし、吉備津彦に見せた。
 吉備津彦は箱から文を手に取り、青い顔をしながら手紙を腰に下げた道具袋にしまいこんだ。
「やっぱりだ、このままにしておけない。島子、悪いがオレは朝廷に帰る」
「もうですか」
「あとは楽しんでやれ」
 吉備津彦は片目をすばやく閉じると、拍手を打ち、白さぎに変化した。
 島子は吉備津彦の言った意味がわかってしまったので、頬を赤く染めていた。
「ねえ、ねえってば。亀さん。しっかりしてよ」
 目を回して倒れている亀を介抱するが、耳を立てればイビキをかいているではないか…。
「心配して損した」
 あずみは島子の苦笑いも気にせずに、亀の腹をひっぱたいた。 
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