丹後の国のすばる星
「ねえ、あかねさす…てあの歌すてきだったよ。いいよね、あかねさすって」
「はは。気に入ったんや」
「うん、とってもね」
 夕食が終わり談笑して、歌の話になると声をはずませながら、あずみは笑顔で言った。
 島子は一瞬だけ、あずみに釘づけとなったが、すぐに下を向いてしまった。
 しつこいくらいに、いろりの灰を木の枝でかき混ぜている。
「ほ…ほかにも枕詞いうてな、たとえば、あかねさすは朝焼けや夕日を、あるいは天皇をさすし、八雲立つといえばそれは出雲をあらわし、あをによしで奈良。ぬばたまのといえば、多くは黒いものをつけるんよ」
「島子さんて風流なんだね」
「そないなこと、あれへんわ…」
 あずみと視線をあわせるのが恥ずかしかったのか、うつむきかげんで言う。
「いいなあ。私もそういうのつくりたい」
 島子はその言葉を聞いた途端、枝を放り投げ、身を乗り出すようにして叫んだ。
「そんなら、ぼくが教えてやる。わかりやすいように教えてやる…」
 あずみは間近に迫った島子の顔を見つめて、まばたきした。
 島子は自分でも仰天するほど興奮していたことに気づいたのか、あわててあずみから身を離した。
 そして、昼間のできごとを思いだしたのだろう、胸を押さえた。
「ごめんぼく、昼間のこと謝らんと」
「え」
「あの…」
 何度も息を呑み、のどをつまらせ、あずみに言いよどんだ。
「ど、どうしたの島子さん。昼間なにがあったの」
「きみを助けるときに」
「あ…」
 あずみは口もとを押さえて赤くなっていた。
 おそらく、島子以上に『あかねがさして』いただろう。
「いいの。ありがとう。だから…その…う、うれしいから」
「え。うれしい?」
 意外そうにあずみを見ている島子。あずみは言葉を続けた。
「助けてくれたのに、どうして嫌いになるの。むしろその逆…好き」
「え。好き?」
「うん、好き。大好き」
 あずみは感極まって瞳を潤ませ、島子に抱きついた。
「ありがとう。島子さん」
「そんな、ぼくはなにも」
 あずみは島子の首に両腕を回し、顔を近づけていった。
「いいよね、二度目だもん」
「あかんよ、あずみ。いくら二度目でも恥ずかしい」
「そんなこと言わないで。あれ、じつを言うと気持ちよくて…」    
 あずみのうっとりした表情に、島子はごくりとのどを鳴らした。
「あ…あずみのようなベッピンさんが、なんでぼくに」
 島子は異性に見つめられることに慣れていないためか、視線をそっとはずしながら言った。
「あなたカッコいいわよ。私こそ、そんなにキレイじゃないよ」 
「きみはキレイや」
 いつの間にか島子のほうから、あずみを抱きしめていた。
 あずみも島子の背中に腕を回す。
「それに和歌をあんなに褒めてくれた。今までそういう人おらんかったから」
「島子さん」     
「ぼくも好きや。初めてきみを見たときから、苦しうて…」 
 どちらからともなくキスを交わし、島子があずみを押し倒すと、いろりの炎がはじけて飛んだ。 
 
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