月夜の桜
「い、威月様!? なぜ、こちらに……」




先ほど夢で分かれたばかりの威月が、片手で駆け布の端を掴んで彼女の眠っているすぐ隣に端座していた。



きょとんとしたような表情でこちらを見る彼に、桜は混乱する。



まだ自分は夢の中にいるのだろうか。



頭に浮かんだそれに、桜は困惑しきった表情で彼をみる。



そうとしか思えない。これが現だと言うのなら、何故彼がここにいるのだろう。



まさか、今まで夢だと思っていたことが現であったのか。



考えれば考えるほど混乱して、ともすれば叫びだしたい衝動をこらえて桜は一つ深く嘆息した。



胸中に溜まった熱い物を全て吐きだし、冷静さを取り戻した彼女は威月を静かに見つめる。






「威月様。何故、ここに?」





再度、問いかける。



今度は静かに、ただ彼がここにいる理由が知りたいと言うように。



彼は一度瞬きをすると、何かを思い立ったように「あぁ」と声をあげて手を叩き深々と頭を下げた。





「先ほどのご無礼をお許しください。姫。私は――あなたを迎えに参ったのです」

「迎えに?」





桜は訝しげに眉をひそめる。



迎えに、と言うことは誰かが彼女を呼んでいると言うことなのだろうか。


一瞬今上帝かと思ったけれど、桜は頭を振って即座にそれを打ち消した。



そんなことはあり得ない。彼は、人ならざる容姿をもつ自分を忌み嫌っているはずだ。



ならば、誰が彼に自分を迎えに行くように命じたのだろう。



威月が誰かの使者であることを前提に、桜は思案を巡らせる。



けれど、いくら考えても彼女に迎えを寄こすような人物は浮かんでこない。



母の記憶はなく、兄妹たちは恐らく彼女の存在すら知らないだろう。



唯一知っている者と言えば、昔僅かな間だけこの邸で共に住んでいた兄のみ。



といっても、彼は婿に行って以来一度もこの邸に顔を見せに来ないため桜のことを覚えているかは定かではないが。












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