月夜の桜


幼いない彼女が心に抱えるのは、好奇心でもはたまた汚れを知らない無垢さでもなく、ただひたすらに暗い、果てしない闇。



いつも涙をこらえていたのを覚えている。



泣いたら負けだと強がって、何を聞こうと何を言われようとただひたすらに耐えて悲しみも憎しみも全ての感情を心にため込んだ。



涙が滲みそうになるのを唇をかみしめながら懸命に耐えて、桜はこみあげてきたものをふるえ交じりにゆっくりと吐きだす。



暗い過去。この邸に来てからは楽しい日々を過ごしていたけれど、それもほんの数年の間だった。



今では邸にただ一人。孤独となった桜は、寂しいとも言わずただひたすらに孤独に耐えた。



優しさに触れるのは……温もりに触れるのは何年振りだろうと、瞳を閉じるとはらりと一筋の涙が頬をつたう。



背中にまわされた手は、桜の後頭部に移動して彼女の美しい桜色の髪を撫でる。



まるで壊れ物を扱うような優しげな手つきに、桜は耐えきれずに涙を流した。



必死に嗚咽をこらえながら、肩を震わせる彼女を威月は何も言わずに抱きしめ愛おしげに耳元で囁く。






「お泣きになればよいのです。あなたは、今まで色々我慢しすぎたから――……」




まるで昔から桜を見ていたような口ぶりに、今の彼女は気づかない。



桜は威月の胸に顔をうずめ、衣をぎゅっと掴みながら何年ぶりかの涙を流した。








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