月夜の桜
それもそのはず。






この広大な邸には、彼女以外に人などいないのだから――……。






少女の名を桜(サクラ)。姓は、どうしてかもう自分が使ってはいけないような気がして、名乗ることはまずない。






彼女の父は、この国では最も尊い存在――帝である。






帝と下位の貴族の娘だった母の間に生まれた桜は、その髪色と瞳のせいで父に恐れられ五つの時にこの邸を与えられた。








『――いいかい。桜。この先、私が許可を出すまで決してこの屋敷を出てはいけないよ』

『……どうしてですか?』

『お前があのまま内裏にいては、きっとお前はそう遠くない内に危険な目に遭う。
――父様は、お前が危険な目にあうのは嫌なんだ。分かってくれるか?』







当時の会話を思い出し、それを振り払うように頭をふると気分を変えるように空を見上げた、






あの時、父が自分の心配をしてくれたのが嬉しくて頬を紅潮させて頷いたのを今でも鮮明に覚えている。





――あれから十年。父は、この邸から出る許可は未だ出してくれず、それどころかあの頃から一度もここに訪れたことはない。





始めの頃は信じて疑わなかった。彼の言葉に、嘘偽りなどないのだと。





けれども成長するにつれ、それが自分をここに留めさせるための言葉だと……本当は欠片もそう思っていないことを理解した。






だって、そうじゃないか。もし本当に自分を心配してくれているのなら、どうして一度もここに来てくれないのか。





何故今になって尚、この邸から出る許可を出してくれないのか。






……――どうして、自分の存在はこの世から消えたことになってしまったのか。






八つの時、風の噂で自分が死んだことを知った。






それを聞いた時はかなり戸惑ったものだ。自分はまだ生きているのに、この世に存在しているのにどうしてと。

























< 2 / 20 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop