月夜の桜
散ってなお美しい桜と同じ名前であることが、彼女にとって唯一の誇りかもしれない。





風と共に、薄紅色の花弁が踊る。それを何とはなしに見つめていた桜は、ふと視線に気づき桜の木の下を見やる。





そこに佇む人物を認め、桜は目を瞠った。







「……誰?」






まるで熱に浮かされているかのような声が漏れる。





木の下の人物は彼女の声が聞こえたのか、にこりと微笑した。




月光の如く美しい銀の髪は腰まで伸び紅の紐で毛先だけ結わえており、柔らかな光をたたえた彼女と同じ琥珀の瞳は優しげに細められている。





月光のせいか青白く見える面はそれでも尚美しく、光の下ではより美しいだろうことが見て取れた。





何故か白い狩衣をまとった彼は、息を呑むほど美しい。






言葉も無く美しい青年を見つめていると、彼はその色形のいい唇を開く。








「――威月(イツキ)と、申します。どうぞお見知りおきを。姫」






発された声音はどこまでも優しげで甘い。





まるで慈しむようなその声音に何故か心臓がどくんっと跳ねた。





冷たくなった身体に一気に体温が戻る。





桜の頬が朱に染まった。熱くなる頬に戸惑い、恐らく赤くなっているだろう顔を見られたくなくて俯くと、桜の木の下にいた威月はくすくすと笑みを零した。





何だと言うのだ。突然。





突然体温の戻った身体に疑問を抱いていると、さくりと足音が聞こえた。





それが彼の者だと理解するのに数十秒、理解した時には既に彼は彼女の目の前にいた。






威月は穏やかな微笑みをたたえると、目を丸くして彼を見つめる桜をおもむろに抱きしめた。






「――ッ!?」

「やっと見つけましたよ。姫」






あまりの予期せぬ事態に桜は息を呑む。






一見華奢に見えた威月の身体は意外にもたくましく、身体にまわされた腕は力強く彼女を包み込んでいる。

























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