《爆劇落》✪『バランス✪彼のシャツが私の家に置かれた日』
⑯三浦俊也~桜色の彼女~
★★★
オフィスビルの二階。
全面窓ガラスになっている廊下からは、明治通りがよく見える。
通り沿いに並んでいる桜並木。
ちょうど去年の今ぐらいの時期に俺は、ここから外を眺めて桜を見上げる一人の女に恋をしたんだ。
★★★
朝の方が頭の回転が良いような気がする。そう思っている俺は、残業をせずに極力朝早く会社に出て来て、出来る仕事から始めている。
別に朝早く出勤することは、悪い事でもないし毎日これみよがしに早く来ているわけでもない。もちろん、点数稼ぎでもない。
そんないつも朝だった。
オフィスの廊下にある自販機で缶コーヒーを買ってなにげなく窓から明治通りを眺めた。
もう桜の季節なんだなあって、なんとなく時を感じていた。
ひとりの女が通りを歩いていた。
桜を見上げて歩いては止まり、また歩いては止まり首が折れるほどに上を向いている。俺がいるオフィスの前まで来たときに顔がはっきりと見えた。
桜を見上げ目を細くして、微笑んでいた。たいして美人というわけでもなくて、印象に残るように個性的な顔でもなかった。
彼女の首に巻いた淡いピンク色をしたストール。その端っこが風にひらひらと揺れて、ストレートの髪の毛先もそれに合わせてなびいていた。
誰かが桜を見上げている姿は、なんてことのない光景のはずだった。ただ、異常なのは、彼女の首の角度だ。首が後ろに折れやしないかと心配になるほど奇妙に顔を上げている。
大丈夫なのか? あの首。
その奇妙な首の角度をした彼女を取り巻く風や桜の花びらやピンクのストール全てが、何故か彼女を中心にして徐々に桜とこの街に溶け込んでいく。
少しずつ周りの景色、やがて恵比寿という街全体と共に彼女自体が桜色に染まっていくような気がした。
そして、本当にコンマ何秒って言う位の一瞬だったが、彼女を取り巻く辺り一面が桜色に染まったのを、俺はこの目ではっきりと見た。
……様な気がした。
なんだ? 今の……。
とにかく、不思議な感覚だった。