《爆劇落》✪『バランス✪彼のシャツが私の家に置かれた日』
俺は少し震える右手に缶コーヒーを持ったまま、更に窓によって彼女を見つめた。
なぜか階段を駆け上がったときみたいに激しい動悸がする。
窓の外にいる彼女は目の前にある桜の花を全て取り込んでしまおうとでも言うように、今度は目を大きくして花びらを眺めていた。
えっ?
彼女がビルの二階にいる俺の方をちらっと見たような気がした。その後、目が合わないことを考えると、これも俺の気のせいだったみたいだ。
だけど、またしても奇妙なことに彼女と目が合ったと考えただけ。それだけなのに俺の中に眠っていた何かがそろりそろりとおっかなびっくり頭をのぞかせ、出て来た! と思ったら急に気ぜわしく活動し始めたのは確かだった。
やたら落ち着かなくなった気持ちを沈めようとして胸に手を当てて、なおも彼女を見ようと窓に進んだ。
「いてっ」
突き進み過ぎて、窓に額をぶつけていた。額を擦りながら見知らぬ彼女を再び見ようと外へ視線を向けた。
あれっ……嘘だろ。いないじゃん。
次の日も朝早く出勤してきて、昨日と同じ位の時刻に明治通り沿いの桜を眺めた。
昨日見た彼女は、まるで最初から存在しなかったように一向に姿を現さなかった。
徐々に通行人が増えてオフィスにも社員がなだれ込んでくる時刻になってきた。外ばかりを見ているわけにもいかず、ついに彼女が来たかどうかも窓から確認できなくなってしまった。
それから、毎日、気になって朝同じ頃の時刻より前には窓辺にマネキンみたいに突っ立っていた。
でも、全然彼女は現れなかった。
桜の花が散る時期になるとさすがの俺も彼女を見ることを諦め始めていた。桜の木が緑の葉で覆われる頃には、元の通りのせわしない日常の中にいて、桜の彼女を考えるのは、すっかりやめてしまっていた。
ただ、考えるのをやめただけで、心の中にずっと彼女は存在していた。