隣に座っていいですか?
「ごめんください」
逃げる前に来た。
癒される優しい声を聞くと
動きが止まり
逃げるより、顔が見たいという気持ちに変わってしまう。
「お父さん」
桜ちゃんが開いた扉に走り
田辺さんは桜ちゃんを見て目を細める。
愛情溢れる
優しいまなざし。
「いくちゃんのゆかただよ」
桜ちゃんは嬉しそうにクルクル回る。
「とっても可愛いよ。ありがとうございます」
こちらを見てお礼を言うので
私は作り笑顔で「古くてすいません」と、声を出す。
「いつも本当にありがとうございます。よかったね桜」
「はい」
元気にお返事。
さすが年長さん。
「じゃぁ行こうか」
珍しく
扉の外から中に入らない。
いつもなら
堂々と中に入って
勧めもしないのにビールを飲み
桜ちゃんに急かされるまで、座って話をしてから行くのに……まだ花火は始まらないはずだけど、どうしたんだろう。
時計を見て時間を確認していると
「まぁ可愛らしい」
鳥がさえずるような
楽しそうな明るい声が響き
田辺さんの背中から女性が現れた。
「こんばんは。桜ちゃん」
その女性はスッと桜ちゃんの前に行き、腰を下げて目線を合わせる。
品の良いフレアスカート
涼しげな黒いカーディガンを肩にはおり、光沢のあるベージュのインナーを合わせていた。
長い髪の先にウェーブがかかり
綺麗に輝く。
メイクも完璧で
夏なのに化粧崩れもなし
アイラインとマスカラが印象的な都会的美人だった。
そんな綺麗な人がこんな場所に現れ、私はひとつに後ろで縛っているゴムを外し、化粧の落ちた顔が急に恥ずかしくなっていた。