隣に座っていいですか?

夕方
田辺さんが店に現れ
桜ちゃんを迎えに来た。

桜ちゃんは私の後ろに隠れ
大好きなお父さんと顔を合わせない。

「帰ろう桜」
優しい声にも返事をせず
身を堅くさせ私の背中というのか、太ももにピッタリくっついていた。

「結衣さんはいないよ」
田辺さんが言い
桜ちゃんより先に「えっ?」と、私が声を出す。

「ゆいさんかえった?」
小さな顔がそっと背中から出てきた。

「うん帰った。もう来ない」
長身の身体を降ろし
優しく桜ちゃんの目線に合わせる。

「さくらのクマちゃんすてない?」

「もうそんな事はさせない」

「さくらをおこらない?」

「怒らないよ」

「もうゆいさんいない?お父さんとさくらだけ?」

「そうだよ、だから帰ろう。もう結衣さんはあの家には来ないよ」
優しく桜ちゃんの頬を撫でると
桜ちゃんは嬉しそうに田辺さんに抱きついた。

「いくちゃん。おじさんおばさんおじゃましました」
桜ちゃんは頭を下げて
田辺さんに抱かれて手を振る。

よかったね。
きっとお父さんが心配だったのかな
帰れてよかったね。

そして
あの婚約者は

出て行った……。

心にポッカリと穴が開いた気分。

色々と突っ込んで聞きたい気持ちと、そっとしてあげたい気持ちが交差する私。

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