隣に座っていいですか?
「大学3年の終わりに海外に出て、戻って来た時には就職戦線に乗り遅れ、困っていたら知り合いに翻訳の仕事を手伝わされて……それから運よく仕事に恵まれて、彼女は出版社の編集の仕事をしてました」

田辺さんの声は優しい
心の隙間を埋めるような
柔らかく優しい声をしている。

「ひとつ年上で思いやりにあふれ、大人しいけど芯が強い人でした」

そして
綺麗な人だった。

「彼女の方が稼ぎは多いけど、ふたりで楽しく毎日過ごし桜が産まれて三人家族になって……桜が二歳の時ガンが見つかって」

病気だったのか

「若いと進行も早くて桜の三歳の誕生日の前の日に、亡くなりました」

ラストの言葉は
重くて苦しい。

「これ以上ないってぐらいの絶望を知りました。全てがどうでもよくなって、音も聞こえず匂いも感じず……ただ生きてるだけで、どうして自分は生きてるんだろうって思っていたら、桜が泣いてる僕を抱きしめて……目が覚めました」

桜ちゃん。

「桜の為に生きなきゃって。桜がいなかったら、僕は生きてません。彼女の元へ逝ってたでしょう」

桜ちゃんがいたから
田辺さんは生きている。

「綺麗な奥さんですね」

写真の笑顔を思い出す。

「ありがとう」

田辺さんは立ち上がり
紅茶のおかわりを入れてくれた。

遠くから聞こえる
鳥の鳴き声

ひらひらと
花びらが渡されたカップに入り、ふたりで目を合わせて笑顔になる。
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