今宵、きみを想う
 言われた言葉が瞬時に理解できなくて、呆然と固まった後―――


 ようやく意味が理解できて涙が零れた。


 
 「ちょっ、泣くなよ」

 「だってっっ! ふぅううっ」

 「あーもー。今さらごめんって。こんなもんしかないけど」



 そう言って、相変わらず優しい彼はハンカチを差し出してくれた。

 
 でも私はそれを断って、鞄から自分のハンカチを取り出した。


 
 「いい、よっ。奥さんに誤解されたら、ヒック、やだ、もん」

 「ははっ、そりゃどーも」


 彼はそう言ってスマートにハンカチをしまった。


 そんなところも好きだったなって思い出して、また涙が零れる。


 そう、純粋に好きだった。


 ただ、それを言えばよかったのに―――私はどうしてこんなにも不器用に育ってしまったんだろうか?


 泣き笑いを浮かべながらギュッと涙を拭きとって顔を上げる。



 そして、あの時言えなかった言葉を言った。
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