EVER BLUE
取り敢えず落ち着いた千彩を連れ、晴人は車を走らせた。普段よりもややゆっくりめのスピードで、助手席の千彩に少しでも負担が掛からないように。
到着早々車から降りて座り込んでしまった千彩を抱き上げ、晴人はそのまま病院の扉を開いて受付へと足を進めた。
「すいません、初診なんですけど…」
「あら、佐野さんの。どうしました?」
「多分妊娠してると思うんです。それで、悪阻が酷いみたいで。とうとう起き上がれんようになってしもて」
「そうですか。えっと…」
「あぁ、妻です」
「結婚してらしたんですね。また随分と…」
まぁ、何を言いたいのかはわからなくもない。
成長したところで、千彩は千彩なのだ。年齢通りに見られることは稀だった。
「どっか横にならさしてもうてええですか?」
「はいはい。こちらへどうぞ」
見知った看護師が、奥の部屋へと案内してくれる。
ここは、マリが二人の子供を出産した病院で。どちらの時も何度か顔を見せたものだから、すっかり顔見知りになっていた。
それに、マリが二人目を出産してからそう月日も経ってはいない。
「佐野さんはお元気?」
「はい。元気でやってます」
ベッドに寝かされた千彩が、不安げに晴人の手を握る。けれど、余りに酷い吐き気にもう目が虚ろになりかけていた。
「ちぃ、大丈夫か?」
「うぅ…うぅ…」
「これは相当酷いかもねぇ。すぐに診察してもらえるように言ってきますから、少し待っててくださいね」
「はい、お願いします」
もう呻くだけしか出来ないでいる千彩の背中を摩りながら、不安に襲われたのは晴人も同じだ。
確か姉が妊娠していた時は、こんなことにはなってはいなかった。マリの時も、時折具合が悪そうにはしていたけれど、ここまで酷くはなかったと思う。
背中を摩りながら、汗でべたりと張り付いた髪を避けてやる。持ってきたハンドタオルは千彩が口元に当てて離さないものだから、汗を拭ってやることも出来ない。もう一枚持ってくれば良かった…と後悔した。
「お待たせしました。車椅子で移動します?」
「いや、抱いて行きます」
「ではこちらへ」
案内されて入った診察室には、随分と若い医師が座っていて。それが男ときたものだから、メーシーが嫌がっていた理由もわかる。
「そちらへお願いします」
「あぁ、はい」
「少し失礼しますね。ご主人はそちらへ」
淡々とした医師の行動に、晴人はグッと眉根を寄せる。今からすることは、晴人にはだいたい予想がつく。先に千彩に説明しておけば良かったかもしれない…と、悲鳴を上げかけた千彩の口を慌てて唇で塞ぐ。
「大丈夫やから。心配要らん」
「イヤ。気持ち悪いよぉ…」
「もうちょっとやから。な?」
泣き出した千彩の頭を撫で、なるだけ優しい笑みを見せてやる。
それもそうだろう。晴人以外の男を知らない千彩が、見ず知らずの男の前で下着を脱がされ、あまつさえ足を広げさせられているのだ。それだけならまだしも、何かわからないヒヤリと冷たい物を中に押し込まれてしまえば、泣いてしまっても当然だ。
「はい、終わりましたよ。おめでたですね」
グズグズと泣く千彩には医師のその言葉は届いていなく、下着を履きながら晴人に抗議の目を向けて無言で訴えていた。
「ちぃ、赤ちゃんおるって。ママになったって」
視線を合わせてそう教えてやると、漸く千彩の表情が晴れる。けれどそれは、すぐさま襲ってくる吐き気にものの見事に打ち消された。
「うぅ…」
「先生、これ何とかならんのですか?」
「そうですねぇ…」
晴人に抱えられたままの千彩を見遣り、医師はうーんと唸る。
「堕胎してしまえば、悪阻はなくなります。産むならば、赤ちゃんと一緒に頑張りましょう」
突き放しているようで、そうでもないような。何とも微妙な言葉に、今度は晴人が唸った。
「こんなんで大丈夫なんですか?」
「何も食べられない日が続けば、やはり入院していただかなければならなくなります」
「どれくらい続くもんなんですか?」
「大体は安定期を迎えるくらいまでには治まりますが、中には出産まで続く方もいらっしゃいます」
へぇ…と、腕の中の千彩の蒼白い顔を見ながら晴人が頷く。これが続けば、さすがの千彩ももたないだろう。早く治まってくれれば良いのに…と、苦しそうに呻く千彩の頭をそっと撫でる。
「出産、希望されますか?」
「ええ、はい。勿論」
「今は11週ですね。予定は三月です」
その時期だと、ギリギリあの二人の二人目の子供と同じ学年になる。どうせならば、同じく女の子が生まれてくれれば良い。自分達のように友人同士になり、支え合ってくれれば良い。
まだ膨らみも見えないお腹を摩りながら、晴人は緩やかに微笑んだ。
「奥様、持病などはお持ちではないですか?」
「はい、持ってません」
「失礼ですが、年齢は?」
「あぁ、20です」
まさか高校生…いや、中学生などと思われたのではあるまいな…と、恐る恐る顔を上げると、医師は驚いて目を丸くしていた。
「随分とお若く見えますね。あちらの処置室で点滴をしましょう。少しは楽になるはずです」
「はい。お願いします」
「お連れして。ご主人は少し私とお話を」
「はい。さぁ、これに乗って下さいね」
腕の中の千彩が、イヤイヤと力無く首を振る。それを「すぐに行くから」と宥め、晴人は改めて医師と向き合った。
「ご主人…えーっと、三木さんですか」
「あぁ、はい」
医師の神妙な面持ちに、晴人は思わず背を伸ばす。やはり何かあるのだろうか…と、不安が胸を過ぎった。
「少し…一般の方よりは、少しリスクが高いかもしれません」
「…え」
「20歳、とおっしゃいましたね。年齢と体の成長が少し合っていないように思います。出産を望まれるのであれば、これから詳しく検査などをしていきます」
「それって…」
千彩が実年齢よりも随分と若く見られることはいつものことだ。それがこんなところに影響してくるとは、晴人には思いも寄らないことだった。
「一般の方でも、出産は体にかなりの負担がかかります。奥様の場合、それが倍ほどになると思ってください。悪阻もおそらくはあれか、あれ以上のものが暫くは続くと思います」
「産まん方が…ええってことですか?」
「私は医師なので、そんなことは口が裂けても言えません。けれど、これから先の奥様の様子を見ながら、となりますが、もしもの場合も想定していてください」
「わかり…ました」
呻くように言葉を押し出し、晴人は再び俯く。
子供が出来たと言うことは、家族がまた一人増えると言うことだ。千彩に家族を増やしてやりたい。けれど、それで千彩を失ってしまっては元も子も無い。千彩があってこそ、なのだ。
「私は医師ですから、全ての可能性をお伝えしなければなりません。これから経過を見て、こちらでも最善を尽くします」
「はい、お願いします」
「一緒に頑張りましょう。お父さん」
医師の言葉に、晴人はハッとする。
そうだ。自分は父親になるのだ。これからは千彩だけではない。そのお腹の子供まで守ってやらなければならない。今は鬱々と考え込んでいる場合ではない。
「今日から少し入院しましょうか。悪阻も酷いようですし、色々と検査もしなければなりません」
「あぁ、はい。わかりました」
「看護師に任せて、ご主人は仕事に行かれても大丈夫ですよ?」
「あぁ、いや。今日は休み取ってるんで」
「そうですか。取り敢えず、一週間入院していただきます。様子を見て、自宅療養に切り替えましょう」
「はい」
カルテにスラスラと文字を並べる医師の手元を見つめながら、晴人はふぅっと大きく息をついた。これは大変なことになりそうだ。と、固まったはずの決意が揺らぐ。
「先生」
「はい」
「もしもの時は…あいつの、妻の望む方を助けてやってください」
重く押し出した晴人の言葉に、医師が「意外だ…」とふと洩らした。
「失礼しました。大概の方は、妻を…とおっしゃいますので」
「勿論そう言いたいんですけど、僕は妻に選ばせてやりたいと思ってます」
「そうですか。最善を尽くします。どちらも何の問題も無く、笑って出産を終えていただけるように」
「お願いします」
にっこりと笑う医師に深々と頭を下げて部屋を出ると、看護師に案内してもらい処置室へと入る。
先程まで苦しそうに呻いていた千彩は、落ち着いているのかスヤスヤと寝息を立てていて。痛々しく針の通された腕を見つめながら、そっと手を取る。
「頑張れるか?お前。こんなしんどそうなん初めて見るぞ」
やはり晴人としては、千彩の辛そうな顔は一秒でも見たくはない。けれど、今子供を諦めろと言ったところで、千彩が首を縦に振るはずがない。あの二人の子供を腕に抱きながら、自分も早く母親になりたいと言っていたのだから。
「お前…あんまママを苦しめんなよ。頼むわ。ママはパパの宝物なんや」
そっとお腹を撫でながら洩らした言葉に、近くにいた看護師がふっと笑い声を洩らした。
「大丈夫ですよ、三木さん。体が妊娠に慣れてくれば、自然と治まりますから」
「あぁ…はい」
「ん…はる?」
「おぉ、起きたか。どないや?」
「今は大丈夫。ごめんね?」
申し訳なさそうに眉尻を下げる千彩の頭をゆっくりと撫でてやり、「謝ることあらへん」とにっこりと笑ってやる。それに安心したのか、先程までよりも幾分か穏やかな笑顔を千彩は見せた。
「ちさ、ママになれる?」
「んー?」
「マリちゃんみたいになれるかな」
晴人からしてみればマリよりもメーシーの方が母親と言う言葉が似合うのだけれど、やはり千彩からしてみれば憧れの対象はマリで。自分のお姉ちゃんだと言って懐いているものだから、きっとあんな風になりたいのだと思う。
それはそれで、晴人にしてみれば困り者なのだけれど。
「なれるよ。千彩はマリよりええママになるわ」
「マリちゃんより?」
「おぉ。俺がメーシーよりええパパになるからな」
そう言ってにっこりと笑ってやると、千彩はゆるりと猫目を細めた。
大丈夫、心配無い。
自分に言い聞かせるように何度もそう言い、千彩を眠りに就かせた。
到着早々車から降りて座り込んでしまった千彩を抱き上げ、晴人はそのまま病院の扉を開いて受付へと足を進めた。
「すいません、初診なんですけど…」
「あら、佐野さんの。どうしました?」
「多分妊娠してると思うんです。それで、悪阻が酷いみたいで。とうとう起き上がれんようになってしもて」
「そうですか。えっと…」
「あぁ、妻です」
「結婚してらしたんですね。また随分と…」
まぁ、何を言いたいのかはわからなくもない。
成長したところで、千彩は千彩なのだ。年齢通りに見られることは稀だった。
「どっか横にならさしてもうてええですか?」
「はいはい。こちらへどうぞ」
見知った看護師が、奥の部屋へと案内してくれる。
ここは、マリが二人の子供を出産した病院で。どちらの時も何度か顔を見せたものだから、すっかり顔見知りになっていた。
それに、マリが二人目を出産してからそう月日も経ってはいない。
「佐野さんはお元気?」
「はい。元気でやってます」
ベッドに寝かされた千彩が、不安げに晴人の手を握る。けれど、余りに酷い吐き気にもう目が虚ろになりかけていた。
「ちぃ、大丈夫か?」
「うぅ…うぅ…」
「これは相当酷いかもねぇ。すぐに診察してもらえるように言ってきますから、少し待っててくださいね」
「はい、お願いします」
もう呻くだけしか出来ないでいる千彩の背中を摩りながら、不安に襲われたのは晴人も同じだ。
確か姉が妊娠していた時は、こんなことにはなってはいなかった。マリの時も、時折具合が悪そうにはしていたけれど、ここまで酷くはなかったと思う。
背中を摩りながら、汗でべたりと張り付いた髪を避けてやる。持ってきたハンドタオルは千彩が口元に当てて離さないものだから、汗を拭ってやることも出来ない。もう一枚持ってくれば良かった…と後悔した。
「お待たせしました。車椅子で移動します?」
「いや、抱いて行きます」
「ではこちらへ」
案内されて入った診察室には、随分と若い医師が座っていて。それが男ときたものだから、メーシーが嫌がっていた理由もわかる。
「そちらへお願いします」
「あぁ、はい」
「少し失礼しますね。ご主人はそちらへ」
淡々とした医師の行動に、晴人はグッと眉根を寄せる。今からすることは、晴人にはだいたい予想がつく。先に千彩に説明しておけば良かったかもしれない…と、悲鳴を上げかけた千彩の口を慌てて唇で塞ぐ。
「大丈夫やから。心配要らん」
「イヤ。気持ち悪いよぉ…」
「もうちょっとやから。な?」
泣き出した千彩の頭を撫で、なるだけ優しい笑みを見せてやる。
それもそうだろう。晴人以外の男を知らない千彩が、見ず知らずの男の前で下着を脱がされ、あまつさえ足を広げさせられているのだ。それだけならまだしも、何かわからないヒヤリと冷たい物を中に押し込まれてしまえば、泣いてしまっても当然だ。
「はい、終わりましたよ。おめでたですね」
グズグズと泣く千彩には医師のその言葉は届いていなく、下着を履きながら晴人に抗議の目を向けて無言で訴えていた。
「ちぃ、赤ちゃんおるって。ママになったって」
視線を合わせてそう教えてやると、漸く千彩の表情が晴れる。けれどそれは、すぐさま襲ってくる吐き気にものの見事に打ち消された。
「うぅ…」
「先生、これ何とかならんのですか?」
「そうですねぇ…」
晴人に抱えられたままの千彩を見遣り、医師はうーんと唸る。
「堕胎してしまえば、悪阻はなくなります。産むならば、赤ちゃんと一緒に頑張りましょう」
突き放しているようで、そうでもないような。何とも微妙な言葉に、今度は晴人が唸った。
「こんなんで大丈夫なんですか?」
「何も食べられない日が続けば、やはり入院していただかなければならなくなります」
「どれくらい続くもんなんですか?」
「大体は安定期を迎えるくらいまでには治まりますが、中には出産まで続く方もいらっしゃいます」
へぇ…と、腕の中の千彩の蒼白い顔を見ながら晴人が頷く。これが続けば、さすがの千彩ももたないだろう。早く治まってくれれば良いのに…と、苦しそうに呻く千彩の頭をそっと撫でる。
「出産、希望されますか?」
「ええ、はい。勿論」
「今は11週ですね。予定は三月です」
その時期だと、ギリギリあの二人の二人目の子供と同じ学年になる。どうせならば、同じく女の子が生まれてくれれば良い。自分達のように友人同士になり、支え合ってくれれば良い。
まだ膨らみも見えないお腹を摩りながら、晴人は緩やかに微笑んだ。
「奥様、持病などはお持ちではないですか?」
「はい、持ってません」
「失礼ですが、年齢は?」
「あぁ、20です」
まさか高校生…いや、中学生などと思われたのではあるまいな…と、恐る恐る顔を上げると、医師は驚いて目を丸くしていた。
「随分とお若く見えますね。あちらの処置室で点滴をしましょう。少しは楽になるはずです」
「はい。お願いします」
「お連れして。ご主人は少し私とお話を」
「はい。さぁ、これに乗って下さいね」
腕の中の千彩が、イヤイヤと力無く首を振る。それを「すぐに行くから」と宥め、晴人は改めて医師と向き合った。
「ご主人…えーっと、三木さんですか」
「あぁ、はい」
医師の神妙な面持ちに、晴人は思わず背を伸ばす。やはり何かあるのだろうか…と、不安が胸を過ぎった。
「少し…一般の方よりは、少しリスクが高いかもしれません」
「…え」
「20歳、とおっしゃいましたね。年齢と体の成長が少し合っていないように思います。出産を望まれるのであれば、これから詳しく検査などをしていきます」
「それって…」
千彩が実年齢よりも随分と若く見られることはいつものことだ。それがこんなところに影響してくるとは、晴人には思いも寄らないことだった。
「一般の方でも、出産は体にかなりの負担がかかります。奥様の場合、それが倍ほどになると思ってください。悪阻もおそらくはあれか、あれ以上のものが暫くは続くと思います」
「産まん方が…ええってことですか?」
「私は医師なので、そんなことは口が裂けても言えません。けれど、これから先の奥様の様子を見ながら、となりますが、もしもの場合も想定していてください」
「わかり…ました」
呻くように言葉を押し出し、晴人は再び俯く。
子供が出来たと言うことは、家族がまた一人増えると言うことだ。千彩に家族を増やしてやりたい。けれど、それで千彩を失ってしまっては元も子も無い。千彩があってこそ、なのだ。
「私は医師ですから、全ての可能性をお伝えしなければなりません。これから経過を見て、こちらでも最善を尽くします」
「はい、お願いします」
「一緒に頑張りましょう。お父さん」
医師の言葉に、晴人はハッとする。
そうだ。自分は父親になるのだ。これからは千彩だけではない。そのお腹の子供まで守ってやらなければならない。今は鬱々と考え込んでいる場合ではない。
「今日から少し入院しましょうか。悪阻も酷いようですし、色々と検査もしなければなりません」
「あぁ、はい。わかりました」
「看護師に任せて、ご主人は仕事に行かれても大丈夫ですよ?」
「あぁ、いや。今日は休み取ってるんで」
「そうですか。取り敢えず、一週間入院していただきます。様子を見て、自宅療養に切り替えましょう」
「はい」
カルテにスラスラと文字を並べる医師の手元を見つめながら、晴人はふぅっと大きく息をついた。これは大変なことになりそうだ。と、固まったはずの決意が揺らぐ。
「先生」
「はい」
「もしもの時は…あいつの、妻の望む方を助けてやってください」
重く押し出した晴人の言葉に、医師が「意外だ…」とふと洩らした。
「失礼しました。大概の方は、妻を…とおっしゃいますので」
「勿論そう言いたいんですけど、僕は妻に選ばせてやりたいと思ってます」
「そうですか。最善を尽くします。どちらも何の問題も無く、笑って出産を終えていただけるように」
「お願いします」
にっこりと笑う医師に深々と頭を下げて部屋を出ると、看護師に案内してもらい処置室へと入る。
先程まで苦しそうに呻いていた千彩は、落ち着いているのかスヤスヤと寝息を立てていて。痛々しく針の通された腕を見つめながら、そっと手を取る。
「頑張れるか?お前。こんなしんどそうなん初めて見るぞ」
やはり晴人としては、千彩の辛そうな顔は一秒でも見たくはない。けれど、今子供を諦めろと言ったところで、千彩が首を縦に振るはずがない。あの二人の子供を腕に抱きながら、自分も早く母親になりたいと言っていたのだから。
「お前…あんまママを苦しめんなよ。頼むわ。ママはパパの宝物なんや」
そっとお腹を撫でながら洩らした言葉に、近くにいた看護師がふっと笑い声を洩らした。
「大丈夫ですよ、三木さん。体が妊娠に慣れてくれば、自然と治まりますから」
「あぁ…はい」
「ん…はる?」
「おぉ、起きたか。どないや?」
「今は大丈夫。ごめんね?」
申し訳なさそうに眉尻を下げる千彩の頭をゆっくりと撫でてやり、「謝ることあらへん」とにっこりと笑ってやる。それに安心したのか、先程までよりも幾分か穏やかな笑顔を千彩は見せた。
「ちさ、ママになれる?」
「んー?」
「マリちゃんみたいになれるかな」
晴人からしてみればマリよりもメーシーの方が母親と言う言葉が似合うのだけれど、やはり千彩からしてみれば憧れの対象はマリで。自分のお姉ちゃんだと言って懐いているものだから、きっとあんな風になりたいのだと思う。
それはそれで、晴人にしてみれば困り者なのだけれど。
「なれるよ。千彩はマリよりええママになるわ」
「マリちゃんより?」
「おぉ。俺がメーシーよりええパパになるからな」
そう言ってにっこりと笑ってやると、千彩はゆるりと猫目を細めた。
大丈夫、心配無い。
自分に言い聞かせるように何度もそう言い、千彩を眠りに就かせた。