EVER BLUE
荷物を持って病院へ戻ると、落ち着いた千彩がスヤスヤと寝息を立てていた。あれから一度も目を覚ましていないと聞き、ホッと胸を撫で下ろす。
いくら荷物を取りに戻っただけとは言え、知らない場所で一人きりにされたとなれば千彩が泣き喚く可能性は低くはない。そんなことになれば、看護師達は大慌てだ。
「ありがとうございました。後は僕が見てます」
「そうですか。何かあったら呼んでくださいね」
「はい。わかりました」
去って行く看護師に頭を下げ、持ってきた荷物を広げる。千彩を起こさないように十分注意し、全ての荷物をしまい終わった時だった。
「くま…?はるぅ」
「おぉ、起きたか。気分はどうや?」
「もう大丈夫」
「そっか。そりゃ良かった。しんどかったな。よぉ頑張った」
先程まで居たはずの部屋との違いに、千彩はキョロキョロと辺りを見渡して首を傾げた。
「ここ、どこ?」
「病院や」
「何でくまがあるん?」
「今日からちぃはここにお泊りするんや。せやから取ってきた」
「お泊り?なんで?」
「ちゃんと赤ちゃん産めるように、準備せなあかんからな」
ゆっくりと頭を撫でてやり、言い聞かせるように優しい声音を紡ぐ。
多少はゴネるだろうと思っていた千彩は、「赤ちゃん」という単語が出た途端しゅんと大人しくなった。
「どれくらいお泊り?」
「んー。一週間くらいやって。それでマシになったら家に帰れるからな」
「じゃあ、それまでマナと遊べないね」
「せやな。戻っても暫くは遊ばれへんかもしれんな」
気付いていなかったからと言えど、今思えば随分と危ないことをさせていた。
二人で公園を走り回っていたり、水遊びをしていたりと、ほぼ毎日ご機嫌に遊んでいたのだ。よく無事でいてくれた。と、改めて生命力の強さに感謝する。
「マナ寂しいって言うねー」
「ん?愛斗もう喋るんか?」
「喋んない。でも、ちさにはわかるよ」
今年二歳になる愛斗は、とても物静かな子供だった。あまりに大人しいものだから、本当にマリが産んだ子供なのか?とさえ疑ったこともある。
けれど、千彩と遊んでいる時だけはめいっぱいはしゃいでいる。どうもこの二人は、同じレベルで楽しいことを見つけられるらしい。もしかしたらそんな千彩には色々と話をしているのではないか…と、幼い子供を知らない晴人はふとそんな風に思ってしまった。
「ちさ、マナ大好き」
「おぉ。仲良しやからな、お前らは」
「赤ちゃん、女の子やったらいいなー」
「ん?」
「大きくなったら、マナと結婚したらいいのに」
「ははっ。気の早い話やな」
「そしたら、メーシーやマリちゃんともほんまに家族になるでしょ?」
まだ産まれてもいないのに。と、にこにこと笑う千彩の頭を晴人はゆっくりと撫でた。
「暫くは気持ち悪いのが続く思うけど、頑張れるか?」
「うん。ちさママになるんやもん!頑張れるよ!」
「おぉっ。凄いな。さすが千彩や」
「はる、明日からお仕事行っていいよ?」
「ん?」
「ちさ一人で頑張れるから!」
そんなに頑張らなくて良い。と、寝転んだままの千彩にそっと唇を重ねる。
「お仕事大事でしょ?はるいないと、けーちゃんもメーシーも困るよ?」
「んー、まぁな」
「ちさは大丈夫。もうママやもん!」
ぶぅっと頬を膨らせるその姿は、やはりまだまだ子供にしか見えなくて。これからどう変わるのだろうか。と、その成長が待ち遠しくもある。
「ここにおる間は、仕事行かんでええように調整するわ」
「えー!皆困るよ?」
「大丈夫や。ちぃほったらかしにしとったら、そっちの方が怒られる」
「うーん」
どうにも納得がいっていないだろう千彩は、やはり頬を膨らせたままにしていて。一瞬それが収まったものの、また何かを思い出したのかむぅっと頬を膨らませた。
「今度はどないした」
「今日、ごちそう作ろうと思ってたのに…」
「ご馳走?何かあるんか?」
「だって、今日はるのお誕生日やもん!」
そう言われ、改めて壁に掛かっていたカレンダーで日付を確認する。
「そう言やそうやな」
「ごちそう作ってお祝いしようと思ってたのにー」
「まぁ、ええがな」
誕生日など、もう嬉しい年齢ではない。何もしなくとも、一年経てばまたやって来るのだ。そんなに残念がるものでもあるまい。
それに…
「十分なプレゼントもろたから、今年はもうええよ。ありがとうな」
新しい生命と言う、かけがえのないプレゼントを貰った。これ以上を望めば、罰が当たると言うものだ。
「ありがとうな、千彩。頑張って元気な子産もうな?俺も一緒に頑張るから」
「はるも?」
「せやで。俺もパパになるんやからな。まずタバコ止めなな。ついでやから恵介にも禁煙さそ」
あははっと、漸くいつもの元気が戻った千彩が笑う。それだけで、晴人には十分な幸せだった。
「幸せやな、千彩」
「うん!幸せー」
「これからは三人で幸せ守ってこな」
「うん!」
愛おしい。と、心底そう思える。
そんな存在がもう一人増えるのだ。晴人にとって、最高のバースデープレゼントになったのは言うまでも無い。
いくら荷物を取りに戻っただけとは言え、知らない場所で一人きりにされたとなれば千彩が泣き喚く可能性は低くはない。そんなことになれば、看護師達は大慌てだ。
「ありがとうございました。後は僕が見てます」
「そうですか。何かあったら呼んでくださいね」
「はい。わかりました」
去って行く看護師に頭を下げ、持ってきた荷物を広げる。千彩を起こさないように十分注意し、全ての荷物をしまい終わった時だった。
「くま…?はるぅ」
「おぉ、起きたか。気分はどうや?」
「もう大丈夫」
「そっか。そりゃ良かった。しんどかったな。よぉ頑張った」
先程まで居たはずの部屋との違いに、千彩はキョロキョロと辺りを見渡して首を傾げた。
「ここ、どこ?」
「病院や」
「何でくまがあるん?」
「今日からちぃはここにお泊りするんや。せやから取ってきた」
「お泊り?なんで?」
「ちゃんと赤ちゃん産めるように、準備せなあかんからな」
ゆっくりと頭を撫でてやり、言い聞かせるように優しい声音を紡ぐ。
多少はゴネるだろうと思っていた千彩は、「赤ちゃん」という単語が出た途端しゅんと大人しくなった。
「どれくらいお泊り?」
「んー。一週間くらいやって。それでマシになったら家に帰れるからな」
「じゃあ、それまでマナと遊べないね」
「せやな。戻っても暫くは遊ばれへんかもしれんな」
気付いていなかったからと言えど、今思えば随分と危ないことをさせていた。
二人で公園を走り回っていたり、水遊びをしていたりと、ほぼ毎日ご機嫌に遊んでいたのだ。よく無事でいてくれた。と、改めて生命力の強さに感謝する。
「マナ寂しいって言うねー」
「ん?愛斗もう喋るんか?」
「喋んない。でも、ちさにはわかるよ」
今年二歳になる愛斗は、とても物静かな子供だった。あまりに大人しいものだから、本当にマリが産んだ子供なのか?とさえ疑ったこともある。
けれど、千彩と遊んでいる時だけはめいっぱいはしゃいでいる。どうもこの二人は、同じレベルで楽しいことを見つけられるらしい。もしかしたらそんな千彩には色々と話をしているのではないか…と、幼い子供を知らない晴人はふとそんな風に思ってしまった。
「ちさ、マナ大好き」
「おぉ。仲良しやからな、お前らは」
「赤ちゃん、女の子やったらいいなー」
「ん?」
「大きくなったら、マナと結婚したらいいのに」
「ははっ。気の早い話やな」
「そしたら、メーシーやマリちゃんともほんまに家族になるでしょ?」
まだ産まれてもいないのに。と、にこにこと笑う千彩の頭を晴人はゆっくりと撫でた。
「暫くは気持ち悪いのが続く思うけど、頑張れるか?」
「うん。ちさママになるんやもん!頑張れるよ!」
「おぉっ。凄いな。さすが千彩や」
「はる、明日からお仕事行っていいよ?」
「ん?」
「ちさ一人で頑張れるから!」
そんなに頑張らなくて良い。と、寝転んだままの千彩にそっと唇を重ねる。
「お仕事大事でしょ?はるいないと、けーちゃんもメーシーも困るよ?」
「んー、まぁな」
「ちさは大丈夫。もうママやもん!」
ぶぅっと頬を膨らせるその姿は、やはりまだまだ子供にしか見えなくて。これからどう変わるのだろうか。と、その成長が待ち遠しくもある。
「ここにおる間は、仕事行かんでええように調整するわ」
「えー!皆困るよ?」
「大丈夫や。ちぃほったらかしにしとったら、そっちの方が怒られる」
「うーん」
どうにも納得がいっていないだろう千彩は、やはり頬を膨らせたままにしていて。一瞬それが収まったものの、また何かを思い出したのかむぅっと頬を膨らませた。
「今度はどないした」
「今日、ごちそう作ろうと思ってたのに…」
「ご馳走?何かあるんか?」
「だって、今日はるのお誕生日やもん!」
そう言われ、改めて壁に掛かっていたカレンダーで日付を確認する。
「そう言やそうやな」
「ごちそう作ってお祝いしようと思ってたのにー」
「まぁ、ええがな」
誕生日など、もう嬉しい年齢ではない。何もしなくとも、一年経てばまたやって来るのだ。そんなに残念がるものでもあるまい。
それに…
「十分なプレゼントもろたから、今年はもうええよ。ありがとうな」
新しい生命と言う、かけがえのないプレゼントを貰った。これ以上を望めば、罰が当たると言うものだ。
「ありがとうな、千彩。頑張って元気な子産もうな?俺も一緒に頑張るから」
「はるも?」
「せやで。俺もパパになるんやからな。まずタバコ止めなな。ついでやから恵介にも禁煙さそ」
あははっと、漸くいつもの元気が戻った千彩が笑う。それだけで、晴人には十分な幸せだった。
「幸せやな、千彩」
「うん!幸せー」
「これからは三人で幸せ守ってこな」
「うん!」
愛おしい。と、心底そう思える。
そんな存在がもう一人増えるのだ。晴人にとって、最高のバースデープレゼントになったのは言うまでも無い。