EVER BLUE
聖奈、一年生の夏
まだ小さなセナの手を引き、晴人はふぅっとため息を吐きながら空を見上げた。
背負うと言うよりも、背負われていると言った方が正しいパステルピンクのランドセルを、うんしょと背負い直すセナ。それを横目で見て、晴人は数十センチ上方から声を掛けた。
「重いんやったら持ったろか?」
「いいです。自分の物は自分で持ちます」
アッサリと断られ、晴人は再び深いため息を吐く。
何をどうしたらこうなったのか、セナはかなり自立心の強い子に育ってしまった。まだ千彩に手がかかる分晴人としては助かっているのだけれど、娘に構いたい父親としては少し寂しい。
そして、つい数十分前の先生の言葉を思い出す。
「ご家庭で何か問題がありますか?それとも、そういった類いの障害をお持ちですか?」
特別変わった育て方をしてきたつもりはない。自分達夫婦と恵介の三人で、育児書を読んだり、自分や恵介の親にアドバイスをもらったりして育てた。ごくごく普通の、一般的な子育てをしてきたつもりだった。
それでもセナは、少し変わった子供だった。
「はる」
「ん?」
千彩と同じ真っ黒な瞳に見上げられ、晴人はふと足を止める。白い通学帽越しにポンポンと頭を撫でると、ゆるりと猫目が細まった。
愛おしい。
千彩が自らの命と引き換えにしてでも守ろうとした、可愛い、可愛い娘。
ここまで育つまでに色々と問題はあったけれど、こうして無事に学校に通えるまでになったのだ。父親としてこんなに嬉しいことはあるまい。
「どないした?」
「はる、ごめんなさい」
「何で謝ってんねん」
スッと視線を落とすセナの頭を、晴人は再び優しく撫でてやった。
「セナ、変な子なんですね」
「ん?」
「先生もお友達も言います。三木さんは変だって。みんなと同じじゃなくてごめんなさい」
しゅんと肩を落としたセナを抱き上げ、晴人は頬を寄せた。
けれど、どう言葉を掛けて良いのかわからない。そのまま黙ったまま、晴人はセナを抱いて家路に着く。抱かれたセナは、小刻みに震えていた。
「おかえりー!」
「ただいま、ちぃ」
「ちーちゃん、ただいま」
ペタペタと走って来る千彩を受け止め、そのままキスをする。やはりこれが一番安心する。と、抱いたままのセナの頬にも一つキスをした。
「シュークリーム作ったよー!セナ、手洗っておいで」
「はい」
トコトコと廊下を歩くセナを見送り、晴人は再び大きなため息をついた。それに気付いた千彩が、振り返って頬を膨らせる。
「幸せが逃げるからやめてくださーい」
「ごめん」
「先生に何か言われたん?」
「おぉ。ちょっとな」
ちょうど夏休みに入る二週間前。学校では個別懇談会があって。例の如く早々に仕事を切り上げ、それに出席してセナと共に帰宅した。
千彩の年齢は27歳。
けれど、やはり実年齢相応に見られることは稀で。どう見ても高校生と小学生の姉妹。入学式の時に寄せられた好奇の目に、千彩はとても居心地が悪そうにしていた。
加えて千彩自身が「学校」というシステムがよくわかっていないものだから、晴人は自分が行く方が良いだろうと判断したのだ。
「先生何て?」
力作だと言うシュークリームを食べながら、千彩がにこにこと笑って尋ねる。どう答えようか迷いながらコーヒーカップを傾ける晴人より先に、一つ目のシュークリームを食べ終わったセナが口を開いた。
「病院で「けんさ」というのをしてもらった方がいいそうです」
「検査?セナどっか悪いん?病気?」
「しょうがいというのがあるかもしれないそうです。セナは変だと先生もお友達もいつも言ってます」
「えー!どっか悪いんやったら心配やなぁ…」
口の端にカスタードクリームを付けながら、隣に座るセナの頭を撫でる千彩。けれど千彩には、「障害」の意味がよくわかっていない。単にどこかセナの体の調子がおかしいのだと思い、娘の体を素直に心配していた。
そんな千彩にそっと手を伸ばして口の端のクリームを拭ってやり、晴人はそのまま自分の口へと運ぶ。甘い香りが口の中に充満して、不思議とそれが優しさを運んで来る。
「心配要らん。セナは人とちょっと考え方が違うだけや」
「でも、セナはみんなと同じではありません」
「同じやなくてええんや。同じになる必要なんかあらへん」
首を傾げる千彩の代わりに、晴人が立ち上がってセナを抱き上げる。小さい体をギュッと抱き締め、言葉に出来ない愛情を伝えてやる。
「苦しいですよ、はる」
「大丈夫や。俺も千彩もセナのことが大好きや。愛してる」
生まれた時が危険な状態だっただけに、人よりも慎重に色んな検査を受けてきた。何も引っ掛からなかったということは、何も無いということだ。
あとは自分達の問題か…と、セナを椅子に下ろし、晴人は首を傾げたままの千彩ににっこりと微笑んだ。
「先生がな、他の子とちょっとちゃうんに戸惑ってるんや」
「セナおりこーさんやのに?」
「おりこーさん過ぎるんやて」
ポロポロと涙を零しながら「ごめんなさい」と謝るセナを、今度は千彩が抱き寄せる。
「ごめんねー、セナ。ちさがあほやから、セナはいっぱい色んなこと教えてくれようと思ってお勉強してるのにねぇ」
「ちーちゃん、ごめんなさい」
「ちさもお勉強するから、セナはもう一人で頑張らなくていいよ。ちさと一緒にお勉強しよう」
わかっているのかいないのか、千彩はとても嬉しそうにセナを抱き締めていて。そんな二人をまとめて腕に抱き、晴人はギュッと頬を寄せた。
「I love U,my angels」
晴人にとっては、妻も娘も自分に幸せを与えてくれる天使だ。
少し手が掛かる妻と、自立心の強い娘。どちらも同等に愛おしい。
皆と同じである必要なんか無い。と、自分にとっての最大の幸せを優しく抱き締めた。
背負うと言うよりも、背負われていると言った方が正しいパステルピンクのランドセルを、うんしょと背負い直すセナ。それを横目で見て、晴人は数十センチ上方から声を掛けた。
「重いんやったら持ったろか?」
「いいです。自分の物は自分で持ちます」
アッサリと断られ、晴人は再び深いため息を吐く。
何をどうしたらこうなったのか、セナはかなり自立心の強い子に育ってしまった。まだ千彩に手がかかる分晴人としては助かっているのだけれど、娘に構いたい父親としては少し寂しい。
そして、つい数十分前の先生の言葉を思い出す。
「ご家庭で何か問題がありますか?それとも、そういった類いの障害をお持ちですか?」
特別変わった育て方をしてきたつもりはない。自分達夫婦と恵介の三人で、育児書を読んだり、自分や恵介の親にアドバイスをもらったりして育てた。ごくごく普通の、一般的な子育てをしてきたつもりだった。
それでもセナは、少し変わった子供だった。
「はる」
「ん?」
千彩と同じ真っ黒な瞳に見上げられ、晴人はふと足を止める。白い通学帽越しにポンポンと頭を撫でると、ゆるりと猫目が細まった。
愛おしい。
千彩が自らの命と引き換えにしてでも守ろうとした、可愛い、可愛い娘。
ここまで育つまでに色々と問題はあったけれど、こうして無事に学校に通えるまでになったのだ。父親としてこんなに嬉しいことはあるまい。
「どないした?」
「はる、ごめんなさい」
「何で謝ってんねん」
スッと視線を落とすセナの頭を、晴人は再び優しく撫でてやった。
「セナ、変な子なんですね」
「ん?」
「先生もお友達も言います。三木さんは変だって。みんなと同じじゃなくてごめんなさい」
しゅんと肩を落としたセナを抱き上げ、晴人は頬を寄せた。
けれど、どう言葉を掛けて良いのかわからない。そのまま黙ったまま、晴人はセナを抱いて家路に着く。抱かれたセナは、小刻みに震えていた。
「おかえりー!」
「ただいま、ちぃ」
「ちーちゃん、ただいま」
ペタペタと走って来る千彩を受け止め、そのままキスをする。やはりこれが一番安心する。と、抱いたままのセナの頬にも一つキスをした。
「シュークリーム作ったよー!セナ、手洗っておいで」
「はい」
トコトコと廊下を歩くセナを見送り、晴人は再び大きなため息をついた。それに気付いた千彩が、振り返って頬を膨らせる。
「幸せが逃げるからやめてくださーい」
「ごめん」
「先生に何か言われたん?」
「おぉ。ちょっとな」
ちょうど夏休みに入る二週間前。学校では個別懇談会があって。例の如く早々に仕事を切り上げ、それに出席してセナと共に帰宅した。
千彩の年齢は27歳。
けれど、やはり実年齢相応に見られることは稀で。どう見ても高校生と小学生の姉妹。入学式の時に寄せられた好奇の目に、千彩はとても居心地が悪そうにしていた。
加えて千彩自身が「学校」というシステムがよくわかっていないものだから、晴人は自分が行く方が良いだろうと判断したのだ。
「先生何て?」
力作だと言うシュークリームを食べながら、千彩がにこにこと笑って尋ねる。どう答えようか迷いながらコーヒーカップを傾ける晴人より先に、一つ目のシュークリームを食べ終わったセナが口を開いた。
「病院で「けんさ」というのをしてもらった方がいいそうです」
「検査?セナどっか悪いん?病気?」
「しょうがいというのがあるかもしれないそうです。セナは変だと先生もお友達もいつも言ってます」
「えー!どっか悪いんやったら心配やなぁ…」
口の端にカスタードクリームを付けながら、隣に座るセナの頭を撫でる千彩。けれど千彩には、「障害」の意味がよくわかっていない。単にどこかセナの体の調子がおかしいのだと思い、娘の体を素直に心配していた。
そんな千彩にそっと手を伸ばして口の端のクリームを拭ってやり、晴人はそのまま自分の口へと運ぶ。甘い香りが口の中に充満して、不思議とそれが優しさを運んで来る。
「心配要らん。セナは人とちょっと考え方が違うだけや」
「でも、セナはみんなと同じではありません」
「同じやなくてええんや。同じになる必要なんかあらへん」
首を傾げる千彩の代わりに、晴人が立ち上がってセナを抱き上げる。小さい体をギュッと抱き締め、言葉に出来ない愛情を伝えてやる。
「苦しいですよ、はる」
「大丈夫や。俺も千彩もセナのことが大好きや。愛してる」
生まれた時が危険な状態だっただけに、人よりも慎重に色んな検査を受けてきた。何も引っ掛からなかったということは、何も無いということだ。
あとは自分達の問題か…と、セナを椅子に下ろし、晴人は首を傾げたままの千彩ににっこりと微笑んだ。
「先生がな、他の子とちょっとちゃうんに戸惑ってるんや」
「セナおりこーさんやのに?」
「おりこーさん過ぎるんやて」
ポロポロと涙を零しながら「ごめんなさい」と謝るセナを、今度は千彩が抱き寄せる。
「ごめんねー、セナ。ちさがあほやから、セナはいっぱい色んなこと教えてくれようと思ってお勉強してるのにねぇ」
「ちーちゃん、ごめんなさい」
「ちさもお勉強するから、セナはもう一人で頑張らなくていいよ。ちさと一緒にお勉強しよう」
わかっているのかいないのか、千彩はとても嬉しそうにセナを抱き締めていて。そんな二人をまとめて腕に抱き、晴人はギュッと頬を寄せた。
「I love U,my angels」
晴人にとっては、妻も娘も自分に幸せを与えてくれる天使だ。
少し手が掛かる妻と、自立心の強い娘。どちらも同等に愛おしい。
皆と同じである必要なんか無い。と、自分にとっての最大の幸せを優しく抱き締めた。