EVER BLUE
言葉が足らないだけで、晴人自身は鈴音を大切にしているつもりだった。
夏休みも散々時間を割き、出来る限りは鈴音の要望に応えた。週末の予定も、こうして夜中まで課題に勤しむことで何とか調整した。
これ以上どうしろと言うのだ。と、晴人は針を手に深いため息を吐く。
始まりが始まりだっただけに、鈴音のことは何一つ知らなかった。それでも半年あまりの期間を「恋人」として過ごし、少しくらいは知ったつもりでいる。
「面倒くさ…」
ボソリ。と、静かな部屋に晴人の呟きが響く。その時だった。ベッドに置きっぱなしにしていた携帯が、ブーンと唸った。
ふと時計を見れば、もう3時。
こんな時間に無遠慮に携帯を鳴らす人物を、晴人は一人しか知らない。
「はいよ」
『おー。頑張っとるみたやな』
「おかげさまで」
『ちょっと下りて来いや。前の公園で待ってるから』
「おぉ。すぐ行く」
パタンと携帯を閉じ、そのままベッドに放り投げて晴人は部屋を出た。
夕食を終えてすぐに始めた課題は、ほぼ終わりかけの状態だった。
「せーと、こっちー」
「時間構わずやな、お前は」
「どうせ課題やっとったんやろ?」
「まぁな」
高校時代からの親友の恵介は、いつでもこの調子で。それを好きか嫌いか問われれば「好き」だから文句を言うことも無いのだけれど、誰にでもこうだとしたらそれは少し問題だ。
「俺だけやろな?」
「へ?」
「こうやって夜中呼び出すん。他の奴にはすんなよ」
「なんやー。妬いてんのか?心配せんでもお前だけや」
「そっちの心配ちゃうわ。この阿呆めが!」
差し出された缶ジュースを奪い取り、プシュッと蓋を開けて喉に流し込む。少し肌寒くなった風が、ひんやりと晴人の頬を撫ぜた。
「課題終わったかー?」
「もう終わる」
「さすがせーと、やな」
「明日映画行くんやと」
「いっぺん断ったんやろ?」
「おぉ」
またか…と、晴人はベンチに腰掛けて真っ暗な空を仰いだ。
自分の態度が何か気に入らないと、鈴音は必ず恵介に電話をかける。そこでどんなやり取りが行われているのかは知らないけれど、こうして恵介が夜中にやって来るのはそんな時だった。
「悪かったな」
「ん?」
「またりんが夜中まで愚痴ってたんやろ」
「もう慣れたわ」
あははーと笑う恵介が、何だか頼りない。普段見せる陽気な笑顔とは違い、今日はどこか切なげだった。
「もうちょっと大事にしたれってか?」
わざとらしく言う晴人に、恵介はフルフルと首を振って返す。
「俺のが付き合い長いんやから、その辺はちゃんとわかっとるで。お前にしては大事にしたっとる方やん」
「どないしたったええんやろな」
恵介の肩に背を預けるように膝を抱え、晴人はくしゃくしゃと頭を掻いた。
いつでもどこか冷めている晴人には、年上の余裕のある女が良い。恵介にも、勿論晴人自身にも、それはよくわかっていた。
「別れるとか言うなよ?」
「まだ大丈夫や」
「そっか、なら良かった」
徐に立ち上がった恵介を前に、晴人は足を下ろして座り直す。何か言いたげな恵介の瞳が、ゆらゆらと揺れていた。
「どないした?」
「ん?」
「言いたいことあるんやったらどうぞ」
「いや…」
態度こそ無遠慮だけれど、恵介は晴人以上に言葉を選ぶ。晴人の場合は選びに選んだ末言わないことが多いのだけれど、恵介は必ず言う。それをわかっている晴人は、恵介が言葉を紡ぐまでじっと待った。
「あんな…」
遠慮気味に押し出された言葉が、深夜の公園に響く。缶を傾けながら、晴人はうーんと考える。そして、一度ゆっくりと目を伏せた。
「遠慮すんな」
「いや、あの…」
じれったい!と、もうわかってしまっている晴人は、ガシガシと頭を掻きながら立ち上がった。
「明日りんと話する。お前の話聞くの、それからな」
ポンッと肩を叩く晴人を、恵介が慌てて引き留める。
「ちゃうねん、せーと!俺っ!」
「明日聞くから」
「せーと!」
「夜来い。メシ用意しとくように姉貴に言うとくから」
恵介の言葉を聞かず、晴人は背を向けたまま手を振った。
そうゆうことなら仕方ない。
後は自分が、上手く事が運ぶように動いてやれば良い。
漆黒の空を見上げ、晴人はふぅっと想いを吐き出すように長く息を吐いた。
夏休みも散々時間を割き、出来る限りは鈴音の要望に応えた。週末の予定も、こうして夜中まで課題に勤しむことで何とか調整した。
これ以上どうしろと言うのだ。と、晴人は針を手に深いため息を吐く。
始まりが始まりだっただけに、鈴音のことは何一つ知らなかった。それでも半年あまりの期間を「恋人」として過ごし、少しくらいは知ったつもりでいる。
「面倒くさ…」
ボソリ。と、静かな部屋に晴人の呟きが響く。その時だった。ベッドに置きっぱなしにしていた携帯が、ブーンと唸った。
ふと時計を見れば、もう3時。
こんな時間に無遠慮に携帯を鳴らす人物を、晴人は一人しか知らない。
「はいよ」
『おー。頑張っとるみたやな』
「おかげさまで」
『ちょっと下りて来いや。前の公園で待ってるから』
「おぉ。すぐ行く」
パタンと携帯を閉じ、そのままベッドに放り投げて晴人は部屋を出た。
夕食を終えてすぐに始めた課題は、ほぼ終わりかけの状態だった。
「せーと、こっちー」
「時間構わずやな、お前は」
「どうせ課題やっとったんやろ?」
「まぁな」
高校時代からの親友の恵介は、いつでもこの調子で。それを好きか嫌いか問われれば「好き」だから文句を言うことも無いのだけれど、誰にでもこうだとしたらそれは少し問題だ。
「俺だけやろな?」
「へ?」
「こうやって夜中呼び出すん。他の奴にはすんなよ」
「なんやー。妬いてんのか?心配せんでもお前だけや」
「そっちの心配ちゃうわ。この阿呆めが!」
差し出された缶ジュースを奪い取り、プシュッと蓋を開けて喉に流し込む。少し肌寒くなった風が、ひんやりと晴人の頬を撫ぜた。
「課題終わったかー?」
「もう終わる」
「さすがせーと、やな」
「明日映画行くんやと」
「いっぺん断ったんやろ?」
「おぉ」
またか…と、晴人はベンチに腰掛けて真っ暗な空を仰いだ。
自分の態度が何か気に入らないと、鈴音は必ず恵介に電話をかける。そこでどんなやり取りが行われているのかは知らないけれど、こうして恵介が夜中にやって来るのはそんな時だった。
「悪かったな」
「ん?」
「またりんが夜中まで愚痴ってたんやろ」
「もう慣れたわ」
あははーと笑う恵介が、何だか頼りない。普段見せる陽気な笑顔とは違い、今日はどこか切なげだった。
「もうちょっと大事にしたれってか?」
わざとらしく言う晴人に、恵介はフルフルと首を振って返す。
「俺のが付き合い長いんやから、その辺はちゃんとわかっとるで。お前にしては大事にしたっとる方やん」
「どないしたったええんやろな」
恵介の肩に背を預けるように膝を抱え、晴人はくしゃくしゃと頭を掻いた。
いつでもどこか冷めている晴人には、年上の余裕のある女が良い。恵介にも、勿論晴人自身にも、それはよくわかっていた。
「別れるとか言うなよ?」
「まだ大丈夫や」
「そっか、なら良かった」
徐に立ち上がった恵介を前に、晴人は足を下ろして座り直す。何か言いたげな恵介の瞳が、ゆらゆらと揺れていた。
「どないした?」
「ん?」
「言いたいことあるんやったらどうぞ」
「いや…」
態度こそ無遠慮だけれど、恵介は晴人以上に言葉を選ぶ。晴人の場合は選びに選んだ末言わないことが多いのだけれど、恵介は必ず言う。それをわかっている晴人は、恵介が言葉を紡ぐまでじっと待った。
「あんな…」
遠慮気味に押し出された言葉が、深夜の公園に響く。缶を傾けながら、晴人はうーんと考える。そして、一度ゆっくりと目を伏せた。
「遠慮すんな」
「いや、あの…」
じれったい!と、もうわかってしまっている晴人は、ガシガシと頭を掻きながら立ち上がった。
「明日りんと話する。お前の話聞くの、それからな」
ポンッと肩を叩く晴人を、恵介が慌てて引き留める。
「ちゃうねん、せーと!俺っ!」
「明日聞くから」
「せーと!」
「夜来い。メシ用意しとくように姉貴に言うとくから」
恵介の言葉を聞かず、晴人は背を向けたまま手を振った。
そうゆうことなら仕方ない。
後は自分が、上手く事が運ぶように動いてやれば良い。
漆黒の空を見上げ、晴人はふぅっと想いを吐き出すように長く息を吐いた。