EVER BLUE
一頻りぐずぐずと泣いた千彩が落ち着いたのは、それから数十分後のことだった。手を引いてリビングへと戻ると、そこには不思議な光景があって。

「いいですか?学校というものは大切なんです。ちゃんとお勉強しないと、大人になってから困るんですよ」

ヒカル・龍二親子を前に、腰に手を当てた聖奈が説教をしているではないか。その説教を親子が小さくなって聞いているものだから、晴人にはおかしくて仕方がない。

「説教か?セナ」
「お勉強の大切さを、りゅーちゃんのパパに教えてあげてるんです」
「そりゃ立派なこっちゃ」

義務教育をまともに終えていない千彩は、勉強というものに全く興味がなくて。基本的な知識は吉村から教わっているものの、それ以上のものは身についていない。

そんな千彩を見て育ってきたものだから、聖奈は勉強に対してとても熱心だった。

「大人になってから困るので、ちゃんとりゅーちゃんを学校に行かせてあげてください」
「…はい」

小さくなっているヒカルに歩み寄り、晴人はポンッと肩を叩いて笑顔を向けた。

「今からでも遅ないわ。もっぺんちゃんと「とーちゃん」やったれ」
「そうっすね」
「お前が仕事で家空ける時は、うちの家に置いてたらええ。夜は俺も家におるし、ちゃんと面倒みたるから」
「すいません、ハルさん」

涙ぐむヒカルに、しっかりと龍二が抱きついている。そんな様子を見て、じっと黙っていた千彩が口を開いた。

「はる、りゅーちゃんお家帰るん?」
「せや。パパが迎えに来たからな」
「そっかー。せっかく家族が増えたと思ったのに」

しゅんと肩を落とす千彩の腰を引き、晴人はそっと寄り添う。そして、まだ何か言いたげにしている聖奈の腕を引き、ピタリと自分の体に添わせた。

「俺らは皆家族や。千彩も、セナも、龍二もな」
「けーちゃんも?」
「恵介も」
「メーシーやマリちゃんも」
「勿論や」

頷く晴人を見上げ、千彩はとびきりの笑顔を見せた。

「家族いっぱいやね!」
「せやな」
「ちさ、幸せ!」
「せやな。俺も幸せや」

自分の知っている「ハル」と目の前にいる「ハル」は、本当は違う人物なのかもしれない。言葉通り幸せそうな晴人の表情を見て、ヒカルはそんなことを思っていた。

「とーちゃん、俺またここ来てもいい?」
「おう。いつでも来い」
「りゅーちゃん、ちさがおやつ作ったげるから、毎日おいで!」
「いいの!?」
「うん!ねー?はる」
「おぉ。毎日おやつ食って、晩メシ食って帰れ」
「やったー!」

無邪気に喜ぶ龍二を腕に抱き、ヒカルは立ち上がって深々と頭を下げた。

「ハルさん、奥さん、すいませんでした」
「気にすんな」
「ねー。りゅーちゃんのパパ、何で謝ってるん?」
「ちーちゃんは黙っててください」
「えー!何で?」
「話がややこしくなるんです!」

ぷっくりと頬を膨らせた千彩と手を腰に当てた聖奈に挟まれ、晴人は「あーあ」と苦笑いするしかない。そんな様子を見て、ヒカルはプッと噴き出した。

「何か…大変そうっすね、ハルさん」
「まぁな」
「でも、可愛い奥さんっすね」
「おぉ。やらんぞ」
「いや、いいっす」

いつかどこかでしたやり取りだ。と、晴人も噴き出し、それに釣られて何だかわからないなりに千彩もプッと噴き出した。

「楽しいね、はる」
「ん?せやな」
「セナ、大人になったらりゅーちゃんのお嫁さんになる?」
「んー?セナには愛斗がおるやろ」
「そっか!だったら、ちさまた女の子産む!二人!」
「は?」
「二人産んで、たっちゃんとりゅーちゃんのお嫁さんにする!」

良い考えでしょ?と瞳を輝かせる千彩の頭を撫で、晴人は「また夜が厄介だ…」と表情を引き攣らせる。それを見たヒカルが再び噴き出し、今度は子供達まで釣られて噴き出した。

「笑うなよ、お前ら」
「いや、だって…」
「大変ですね、はる」

呆れた表情の聖奈にそう言われ、晴人は黙って頷くことしか出来なかった。

「いい家族っすね。俺も頑張ります」
「おぉ。頑張れ」

そう言ったヒカルの目には、言葉通りの意志の光が宿っている。もう大丈夫か。と、晴人はヒカルの腕に抱かれたままの龍二の頭をポンポンと撫でた。

「俺らは家族や。俺はいつだってお前の「とーちゃん」やからな」
「うん!」

一度差し伸べた手だ。この先何があろうとも、決して引くような真似はしない。

晴人のそんな思いを笑顔で受け止めた龍二の瞳は、キラキラと輝きを取り戻していた。

「幸せってあったかいね」
「せやな」
「優しい色。はるの色やね」
「春?」

にこにこと笑いながら晴人を見上げる千彩は、聖奈と龍二の手を取り、ニッと笑って見せた。


「幸せはね、優しい晴人の色。だからね、晴人の家族はみんな幸せ!」


晴人のおかげで、友達ができ、いっぱい色んなことを覚え、家族が増えた。「二人でずっと幸せを守っていこう」と約束したあの日から、自分の「幸せ」は晴人。千彩はずっとそう思って生きてきた。

そんな千彩の言葉は、ただただ真っ直ぐに晴人を愛する言葉だった。

「何赤くなってんっすか、ハルさん」
「いや…相変わらず何でも素直に口に出す嫁やなぁ、と思って」
「そこに惚れたんじゃないんっすか?」
「喧しいわ」

千彩の言葉の意味を理解し、顔を真っ赤にした晴人とそれを茶化すヒカル。何?何?と首を傾げる千彩と、やれやれ…と呆れた表情の聖奈。そして、何だかわからないけれど嬉しい!とはしゃぐ龍二。

「幸せは、とーちゃんの色!」
「うんっ!」
「それは何色ですか?」
「だからー、はるの色やってばー」
「そんなのじゃわかりませんよ」
「いいのー。ちさがそう決めたんやから」

はしゃぐ千彩と龍二に、不満げな聖奈。
やれやれ…を肩を竦めながらも、晴人は思う。幸せって、こうゆうことの積み重ねなんやろな…と。

「よし。皆でファミレス行くぞ」
「やったー!」

こうなったら、とことんまで「家族」をしてやる。と、休日のパパは新たに増えた「家族」を引き連れる。これが、龍二が三木家の一員になった日。
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