EVER BLUE
家へ戻ると、慌てた恵介が階段を騒がしく下りて来た。どうやら有紀は出掛けているらしく、リビングの扉から母がひょこっと顔を覗かせたけれど、手を振るとそのままリビングに戻って行った。
「せーと!」
「呼ばれたか?行ってこい、行ってこい」
「何でお前はっ!」
靴を履いたままの状態で胸倉を掴まれ、晴人は思わず苦笑いを零した。
「取り敢えず家入ってええか?ここ、俺ん家やから」
「何でそんなクールでおれんねん!」
「何やねん!ほな俺にどないせぇ言うねん!」
煽られて声を荒げてしまい、「しまった…」と晴人はキャップを深く被り直す。
こんな顔は見せたくない。恵介が気にすることはわかっているから。
「俺はお前と女を取り合うつもりはない。せやから引いた。それだけや」
静かにそう言って俯く晴人に、恵介は何も言えなくなった。
「行って慰めたれや。酷いフリ方したから、後は頼んだぞ」
「せーと…」
「もう謝って要らん。はよりんのとこ行け」
グイッと押し退け、晴人は唇を噛んで階段を上った。
選ばなければならなかったから選んだ。どちらが大切かなど、考えるまでもなく答えは出た。
キャップを脱ぎ捨ててベッドに倒れ込み、晴人はシーツを握り締めて枕に顔を押し付けた。
「阿呆めが…」
こんな自分の想いを、恵介ならば理解してくれている。そう信じて、敢えてそれは告げない。決して口下手なわけではないけれど、心の内をさらけ出すことは苦手だった。
「晴人ー?」
「んー?」
「入ってもええ?」
遠慮気味に問う母に「どーぞ」と答え、晴人はゆっくりと体を起こした。
「恵介君、泣いて帰ったよ?」
「おぉ」
「ケンカでもしたん?」
「ちょっと…な」
くしゃくしゃと頭を掻きながら答える晴人に、母はふふふっと笑い声を洩らす。
「ケンカくらいするわねー」
「せやな」
「はよ仲直りしぃよ?大事な友達なんでしょ?」
「おぉ。あいつは俺の親友や」
迷うことなくそう答えられる。それが晴人の曲げられない想いだった。
「今日はお姉ちゃんがカレー作るから早く帰っておいでってメールしといてね」
「おぉ。わかった」
ケンカをする度、こうして母が仲裁に入ってくれる。もう何度目になるかわからないけれど、一緒に食卓を囲み、知らぬ間にいつも通りの仲に戻っている。
今回ばかりはそうはいかないかもしれない。と、言われた通りにメールを打ち、送信する前にパタンと携帯を閉じた。
数時間後、眠ってしまっていた晴人は、恵介の声で目が覚めた。
「せーと!メシ出来たってー」
「ん…恵介?」
「メシや、メシ。今日は姉ちゃんのカレーやぞ!」
「おぉ」
むっくりと体を起こすと、枕に着いていた方の頬がしっとりと湿っている。それを手の甲で擦りながら顔を上げると、椅子に腰掛けた恵介が申し訳なさそうに笑った。
「泣いとったんか?珍しい」
「泣いてへんわ」
「そっかー」
やけに早い立ち直りではないか。と、もう少し時間がかかるだろうと思っていた関係の修復に、晴人は素直に喜んだ。
「慰めてきたんか?」
「おぉ」
「そりゃ良かった」
「俺…りんと付き合うけど…ええか?」
「そのために悪役さしてもろたんですけどねー、俺は」
「そっか。せやな」
立ち上がった恵介が、じっと晴人を見据える。その強い眼差しに思わず姿勢を正した晴人も、じっと恵介を見つめ返した。
「ごめんな、嫌な役さしてもて」
「もうええ言うてんねん。しつこいな、お前は」
「ほな…ありがとう…か?」
「せやな。せいぜい仲良くやってくれ」
「任せとけ!」
漸く戻った恵介の笑顔に、晴人も釣られて笑う。
これで良い。
恵介がこうして笑ってくれるから、自分はいつだって暗闇に落ちずに済んでいるのだ。
先のことはわからない。けれど、恵介が笑ってくれるから自分も笑える。それが何より大切で、それを何より大切にしたい。
普段のケンカの後と同じように共に食卓を囲み、揃って父に小言を言われながら、晴人は改めてそう思った。
「せーと!」
「呼ばれたか?行ってこい、行ってこい」
「何でお前はっ!」
靴を履いたままの状態で胸倉を掴まれ、晴人は思わず苦笑いを零した。
「取り敢えず家入ってええか?ここ、俺ん家やから」
「何でそんなクールでおれんねん!」
「何やねん!ほな俺にどないせぇ言うねん!」
煽られて声を荒げてしまい、「しまった…」と晴人はキャップを深く被り直す。
こんな顔は見せたくない。恵介が気にすることはわかっているから。
「俺はお前と女を取り合うつもりはない。せやから引いた。それだけや」
静かにそう言って俯く晴人に、恵介は何も言えなくなった。
「行って慰めたれや。酷いフリ方したから、後は頼んだぞ」
「せーと…」
「もう謝って要らん。はよりんのとこ行け」
グイッと押し退け、晴人は唇を噛んで階段を上った。
選ばなければならなかったから選んだ。どちらが大切かなど、考えるまでもなく答えは出た。
キャップを脱ぎ捨ててベッドに倒れ込み、晴人はシーツを握り締めて枕に顔を押し付けた。
「阿呆めが…」
こんな自分の想いを、恵介ならば理解してくれている。そう信じて、敢えてそれは告げない。決して口下手なわけではないけれど、心の内をさらけ出すことは苦手だった。
「晴人ー?」
「んー?」
「入ってもええ?」
遠慮気味に問う母に「どーぞ」と答え、晴人はゆっくりと体を起こした。
「恵介君、泣いて帰ったよ?」
「おぉ」
「ケンカでもしたん?」
「ちょっと…な」
くしゃくしゃと頭を掻きながら答える晴人に、母はふふふっと笑い声を洩らす。
「ケンカくらいするわねー」
「せやな」
「はよ仲直りしぃよ?大事な友達なんでしょ?」
「おぉ。あいつは俺の親友や」
迷うことなくそう答えられる。それが晴人の曲げられない想いだった。
「今日はお姉ちゃんがカレー作るから早く帰っておいでってメールしといてね」
「おぉ。わかった」
ケンカをする度、こうして母が仲裁に入ってくれる。もう何度目になるかわからないけれど、一緒に食卓を囲み、知らぬ間にいつも通りの仲に戻っている。
今回ばかりはそうはいかないかもしれない。と、言われた通りにメールを打ち、送信する前にパタンと携帯を閉じた。
数時間後、眠ってしまっていた晴人は、恵介の声で目が覚めた。
「せーと!メシ出来たってー」
「ん…恵介?」
「メシや、メシ。今日は姉ちゃんのカレーやぞ!」
「おぉ」
むっくりと体を起こすと、枕に着いていた方の頬がしっとりと湿っている。それを手の甲で擦りながら顔を上げると、椅子に腰掛けた恵介が申し訳なさそうに笑った。
「泣いとったんか?珍しい」
「泣いてへんわ」
「そっかー」
やけに早い立ち直りではないか。と、もう少し時間がかかるだろうと思っていた関係の修復に、晴人は素直に喜んだ。
「慰めてきたんか?」
「おぉ」
「そりゃ良かった」
「俺…りんと付き合うけど…ええか?」
「そのために悪役さしてもろたんですけどねー、俺は」
「そっか。せやな」
立ち上がった恵介が、じっと晴人を見据える。その強い眼差しに思わず姿勢を正した晴人も、じっと恵介を見つめ返した。
「ごめんな、嫌な役さしてもて」
「もうええ言うてんねん。しつこいな、お前は」
「ほな…ありがとう…か?」
「せやな。せいぜい仲良くやってくれ」
「任せとけ!」
漸く戻った恵介の笑顔に、晴人も釣られて笑う。
これで良い。
恵介がこうして笑ってくれるから、自分はいつだって暗闇に落ちずに済んでいるのだ。
先のことはわからない。けれど、恵介が笑ってくれるから自分も笑える。それが何より大切で、それを何より大切にしたい。
普段のケンカの後と同じように共に食卓を囲み、揃って父に小言を言われながら、晴人は改めてそう思った。