緋桜〜桜還り〜
緋桜
果てしなく長い、決して終わりを迎えることのない旅の中で考えた。


俺はいったい何だったのだろう。


まだどこかに身体の感覚が残っている。


小指を動かす。腰をひねる。おぼろげな記憶のマニュアルの再現。


「痛いわ」


俺の中からささやくような女の声がした。ぞくりと震えるような感覚に酔いながら、見知らぬ声の主に尋ねる。


―きみは、誰?


「あなた自身よ。そしてあなたは私。分かるでしょ?もう体なんていう器は無いのだから」


―そう、俺は溶け込んだ。この地の中に。今の俺は何だ?かすかな含み笑いが、俺をくすぐる。


「少し前まで人間だった」


―分かってる。俺は、もう……。


「いいえ、生きている。この穏やかな流れの中で。さあ……もう人間という区切りは捨てなさい。その方が、自然な素のままで流れていける」


快い脱力感が襲ってきた。ふわりと浮いたかのような……。


これがきっと、俺の本来の姿。感覚が……なくなった……。


―どうしてだろう。浮かんでくる想いが全部、次々に消えていく。口に出せない。


「言葉なんかいらない。あなたの考え……分かるもの」


―俺は、ちっぽけな人間だったよ。あれだけ生きていても、何も残すことができなかった。


「誰もがそうよ。けれどあなたが存在したことは、永遠にこの流れに刻みこまれる」


―そう、俺はそれを望んでここに来た。


「あれ、見える?」


すでに感覚のなくなった「目」を無理に開こうとした。かすかな笑い声と共に、何本もの「手」の生々しい感触が、俺に……。
淡いカーテンのような広がりを見せる光の彼方に、緋色の花。


「あなたの名残よ」


糸が切れたかのように、急に緊張がとける。俺は過ぎ行く時間に身を委ねた。……たおやかに。


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